19 対決

 俺とダーナは、「破滅の塔」のマスタールームにいた。


 塔の最上階にある広い部屋には、赤い絨毯が敷かれ、魔族がデザインした、人間には前衛的にしか見えない調度品がいくつも並んでいる。

 黒曜石を積み上げた塔の内側なので、外壁に面する側は弧を描く黒い石壁が露出していた。

 ダンジョンの機能で焚かれた暖炉は、ほどよい暖かさに自動で調整されるらしい。


 俺は、天蓋付きのベッドの上から室内を見回し、それから、隣に寝そべるダーナを見た。

 一糸まとわぬ姿のダーナは、褐色の蠱惑的な肢体を惜しげもなく晒しながら、手にした水晶球を覗き込んでいる。


「ふぅん。新しいシーフを雇ったのね」


 ダーナは、俺の裸の胸にしなだれかかりながら、水晶球を俺に見せる。


 ダーナとそういう関係になったのは成り行きだ。

 互いに求め合い、互いがそれを拒まなかった。


 関係性が変わったことで、今のダーナは俺に女性としての顔を見せてくれる。

 言葉遣いも、これまでの誇り高い魔族としてのものとは全く違う。


 男に依存するような女ではないのだが、男にとって魅力的であることを楽しむような気持ちは持ってるらしい。

 もちろん、どんな男に対してもそうなわけじゃなく、親密な相手限定だ。

 俺がダーナを魅力的だと思えば、そのことをダーナは喜んでくれる。


 ダーナは、その見事な肢体を俺の前に晒した。

 その魔性の魅力には抵抗できなかったし、そもそも抵抗する気も起きなかった。


 経験豊富かと思いきや、ダーナは初めてだった。

 だが、魔族の女は人間より性欲が強いそうで、貪るようなセックスになった。


(やみつきになりそうだ)


 俺は、再びもたげだした性欲を頭から締め出し、ダーナの差し出した水晶球に目を凝らす。


 ダーナの持っている水晶球は、ダンジョン内の任意の場所を映せるものらしい。


 水晶球の中には、縁が波形に歪んだ形で、ダンジョン内を進む「暁の星」の姿が映し出されていた。


 その先頭を進むのは、見たことのない奴だった。

 細身で背はやや低い。

 黒い頭巾をかぶり、顔の下半分を同じ色の布で覆っている。

 身体は黒い外套で隠し、手には刃を黒く塗ったナイフを握っている。

 顔を隠してるので歳はわかりにくいが、目元の印象からすると若そうだ。

 二十歳前後――ひょっとしたら十代半ばかもしれない。

 黒い瞳の切れ長の目と、整った鼻筋。

 布を取ったら美形だろう。


(エイダ好みの美少年かもな)


 あいつは美少年を力づくで犯すのが趣味だからな。

 しかもその中には、一定数「目覚めて」しまう少年たちがいる。

 この斥候役も、エイダの趣味の副産物かもしれなかった。


「キリク。あなたから見てこのシーフはどう?」


「歳のわりに、腕はまずまずってとこか。シーフじゃなくてアサシンだけどな」


 それもたぶん、あまり真っ当じゃないタイプのアサシンだ。

 教団からの斡旋とは思いにくいから、自力で探し当てたのだろう。

 金を積んだか、エイダが「調達」したかのどっちかだな。

 もう少し時間がかかるかと思ったが、「暁の星」は俺とダーナの想定よりかなり早いタイミングで乗り込んできた。


「ダンジョン探索は可もなく不可もない。アサシンにしては基本をちゃんと抑えてるな。

 だが、どっちかといえば探索より戦闘を得意とするタイプだろう」


「アサシンのジョブスキルは『暗殺術』ね。『アサシネイト』っていう即死攻撃のスキルがあるけど……」


「ボスモンスターにはもちろん、レベルの高い魔物にも通らないな。DEXが対象の二倍を超えていると十中八九即死させられるが、DEXに二倍も差があるような相手なら、わざわざ即死を狙う必要もない」


「ダンジョン攻略には不向きなジョブよね。煌めきの神がそんなジョブを用意した理由がわからないわ」


「煌めきの神のすることをいちいち疑問に思ってもしょうがない。

 ともあれ、アサシンが生きてくるのは対人戦だな」


 対魔族という意味では、対魔物と同じ理由で、アサシンが活躍できる場面はほとんどない。

 アサシンが本領を発揮するのは、人間同士の戦いだ。

 魔物相手には「なかなか入らないな」で済ませられてしまう即死攻撃だが、人間の身で受けるとなれば、確率が低いでは済まされない。

 相手にアサシンがいるというだけで、迎え撃つ側は相当なプレッシャーを感じることになる。

 結果として戦い方が窮屈になり、一気に押し込まれることにもなりかねない。


「ということは、彼らはキリクの存在を知ってるということね。

 あのお嬢ちゃんは結局『暁の星』についたということかしら?」


 ダーナが、俺の首筋を指でなぞりながら聞いてくる。


「シルヴィアが『暁の星』をどう思っていようと、煌めきの教団からは逃げられない。

 各教団支部の戦力はさほどでもないから、Aランクの勇者パーティなら、実力行使で逃げ出すことも一応はできる。

 ただ、その後教団からの支援を受けられなくなるばかりか、指名手配されて賞金首になっちまう。そんなことになったら、魔王軍との戦いどころじゃない。

 盗賊にでも身を落とすしかなくなるだろう」


 「暁の星」に同行しているアサシンは、どうもそのたぐいのように見えた。

 たたずまいのようなものでなんとなくわかる。

 このアサシンが敵として見据えているのは、魔物ではなく人間だ。


「破滅の塔の攻略に関して虚偽の報告をしたことで、『暁の星』は教団を敵に回したんだろうな。メンバーの斡旋が受けられなかったから、やむをえず裏の暗殺者を金で雇ったってわけだ」


 金か、エイダが篭絡したか、だな。


「でも、結果としてまずまずの斥候が手に入ったということね」


「そうだな」


「シルヴィアとかいうお嬢ちゃんが、時々アサシンに指示を出してるみたいだけど?」


 ダーナの言葉に黙り込む。


「あなたの薫陶の賜物というわけね?」


「……みたいだな」


 シルヴィアには、折に触れて探索や戦闘について解説していた。

 シルヴィアはあまりに世間知らずで、そのままじゃこの先大変なことになると思ったからな。


「まあ、今回はダンジョン内で本気で仕留めにかかってるわけじゃないからいいのだけど」


「下手に数を減らして撤退されたら困るからな。それなりにHPとMPを減らし、神経を削れればそれでいい」


 本当はそれすら必要ないが、連中に「ダンジョンを攻略できている」という錯覚を持たせる必要はあった。


「せいぜい、最後の冒険を楽しむがいいさ」


「じゃあ、こっちは別の楽しみに耽りましょうか?」


「それも魅力的だが、つい時間を忘れるからな。そろそろシャワーを浴びて支度しよう」


 このマスタールームは、ダンジョンの他の部分とは隔離された隠し部屋になってるらしい。

 居住空間としても設計されていて、人間側では王侯貴族しか持ってないようなシャワー設備まで用意されていた。


 俺とダーナは一緒にシャワーを浴びた。

 小突き合うあいだに本気になって、もう一戦やらかすことになったけどな。


 心身ともに準備を整えた俺たちは、破滅の塔の屋上に出て、「暁の星」を待ち受ける。


 この塔の屋上は、ダンジョンとしては珍しい造りになっている。

 塔の屋上が、ダンジョンの外にあるのだ。

 入り口と同じ黒い渦が屋上にあり、ダンジョン最上階の渦とつながっている。

 この屋上がダンジョンの外にあったおかげで、前回の攻略で追い詰められたダーナは、塔から飛び降りて九死に一生を得たわけだ。

 もちろんダーナは、退路を確保する目的で、意図的に屋上を変則的な設計にしていたのである。

 ダンジョンマスターはダンジョンのどん詰まりで待ち構えるもの、という常識を、根底から覆す発想だ。


 円形の屋上には、もちろん、手すりなんていう生易しいものはついてない。

 勇者パーティが切った張ったするにはやや狭めの空間の外縁は、何の予告もなしに宙へと消えている。

 円形の外縁部分は、パッと見ではわからない程度に、外に向かって微妙な傾斜がつけられている。

 平行な地面と思ってうかつに下がれば、わずかな傾斜にバランスを崩し、屋上の外へと真っ逆さまだ。

 そうはならなくても、大きな隙を晒すことは間違いない。


 歴戦の勇者がこんな単純な仕掛けに引っかかるのか? と思うかもしれないが、案外これは効果的だ。

 自分の心技体を磨き抜いた戦士は、繊細なバランスの上に驚異的な能力を発揮している。

 床がほんのわずか傾いていることに気づかなかっただけで、思わぬ事故が起こらないとも限らない。

 賢者の使う罠探知の魔法も、ただの傾斜に反応することはないからな。


 そんなダーナの創意工夫の――あるいは悪意の詰まった屋上で、俺は「暁の星」を待ち受ける。


「来るわ」


 ダーナが言った直後、屋上の渦から、ルシアスの姿が現れた。

 続いて、エイダ、アサシン、ディーネ、サードリック、シルヴィアが現れる。

 いずれも武器を構え、臨戦態勢を取っている。


 「暁の星」の面々は、悪魔と並ぶ俺を見て、その顔を硬ばらせた。


「いよう。待ってたぜ」


 俺が片手を上げて挨拶してやると、


「どこまで身を落とせば気が済むんだ、キリク!」


 ルシアスが、剣をこっちに突きつけてそう吠えた。

 俺は思わず苦笑する。


「身を落としたのはどっちだよ。

 おまえら、教団からどんな処分を食らったんだ?

 ここにいるってことは、除名だけは免れたんだろ?

 俺を不当に除名してのたれ死ぬように仕向けたことは、シルヴィアも結局、教団には話さなかったと見えるな」


「不当に? 悪魔と組むような人間が何を言う! 結果から見れば、俺の処分は適正だった!」


「よくもそんなに自分の都合のいいようにばかり考えられるもんだ。

 ま、おまえに何を言ったって、一生反省することはないんだろう。

 さっさと用件を済まさせてもらおう」


「用件だと?」


 眉をひそめるルシアスには取り合わず、


「『青メデューサの瞳』」


 俺は「青メデューサの瞳」をエイダにかけた。


「ぐぅっ!?」


 INTの低いエイダは、なすすべもなく「停止」の状態異常にかかっていた。


「『ダンシングニードル』」


「ぐぎゃあっ!?」


 突然のことに誰も動けないでいるうちに、俺の放った赤い棘が、エイダの右太ももに突き刺さる。


「『ダンシングニードル』」


 続けて放った赤い棘は、あいだに飛び込んだルシアスの剣に弾かれた。


「何をする、キリク!」


 ルシアスが俺を睨むあいだに、


「てっめえ! 『グレイシャースピア』!」


 サードリックが氷の槍を放った。


「んなもん、効かねえよ」


 俺は、その氷の槍を、右の手のひらで受け止める。

 氷の槍は、凍結効果を生むことなく、俺の手のひらの中で霧散した。


 「凍死耐性」ではなく、別スキルの「凍結無効」の効果である。

 「グレイシャースピア」は凍結の追加効果を持った攻撃魔法だが、凍結が無効な相手には、攻撃魔法の部分も無効になる。


「なっ!?」


 サードリックが驚くあいだに、ルシアスが距離を詰めてくる。


(エイダへの射線をきちんと塞いでることは評価できるな)


 「青メデューサの瞳」が効けば楽なのだが、ルシアス相手ではそうもいかない。

 INTも高い勇者相手に、INTで劣る俺の状態異常は効きにくいのだ。

 DEX依存の状態異常攻撃もあるにはあるが、接近して攻撃を当てなければならないスキルしかない。

 天才的な剣の使い手であるルシアスが、俺の接近を許すとは思えなかった。


 とはいえ、まったく手がないわけでもない。


「『粘着網』」


「くぅっ!?」


 俺が放った魔法の網を、ルシアス手にした剣で斬り刻む。


 足が止まったルシアスに、


「『ドロースペル:ゲイル・トルネード』!」


 俺が生んだ、緑色の突風が、縦に回転しながら襲いかかる。


「なぁっ!?」


 ルシアスは驚き、とっさに剣を盾にして突風を受ける。

 颶風に耐えるルシアスの全身を、風の刃が切り裂いていく。


「ルシアスっ!」


 後方でディーネが悲鳴を上げる。

 ルシアスを襲った縦に回転する緑の突風は、ルシアスの背後にいたパーティメンバーにも襲いかかる。

 サードリックとディーネ、シルヴィアはその場から慌てて飛び退いた。

 ただひとり、「停止」の状態異常にかかったままのエイダは、突風の煽りをもろに受けた。


「ぐぅぅっ!」


「ぐああああっ!」


 ルシアス、エイダが苦悶の声を漏らしながら、全身を切り裂く緑の突風を耐え忍ぶ。

 この状況でも吹き飛ばされずに済んでるのは、おそらく二人のSTRが高いせいだ。


 風が過ぎ去った時、ルシアスは全身から血を流した状態で立っていた。

 その後ろにいたエイダはそれよりは軽傷だが、全身に赤い切り傷が開いてることに変わりはない。


 風を逃れていたサードリックが叫ぶ。


「馬鹿な!? なんでキリクに勇者魔法が使えるんだ!?」


 狼狽するサードリックに答えてやる義理なんてもちろんない。

 俺は射線をずらし、エイダを視界に収めると、


「『ダンシングニードル』」


「がぁぁっ!?」


 エイダの肩に、赤い棘が突き刺さる。

 足のほうの棘は、シルヴィアの回復魔法で抜けたようだ。


「くそがあっ! シルヴィア! 早く『停止』を解除すんだよ、このトンマ!」


「『ディスペル』」


「『青メデューサの瞳』」


 シルヴィアがエイダの「停止」を解除した瞬間に、エイダに「青メデューサの瞳」をかけ直す。


 魔物の持つスキルが即時に発動するのに対し、人間の扱う魔法系スキルには詠唱時間が必要だ。

 詠唱時間はレベルが上がるごとに短くなり、最後には無詠唱でも魔法を発動できるようになる。

 Aランクである「暁の星」の魔法職は、全員魔法を無詠唱で使えた。

 だが、無詠唱の場合でも、魔法には一定時間の「溜め」が必要だ。


 シルヴィアが「ディスペル」を使うのに必要な「溜め」の長さは把握してる。

 それに合わせて即時発動の「青メデューサの瞳」をかければ、エイダはずっと動けないことになる。


「俺を……無視するなっ!」


 ルシアスが俺に斬りかかってくる。

 鎧のない部分から血を流しながらも、剣撃の鋭さは変わらない。


 その剣を、俺はひょいとかわした。


「なにっ!?」


「遅い。『空気砲弾』!」


 無防備なルシアスの背に、風の爆弾を解き放つ。


「ぐわっ……!」


 ルシアスが吹っ飛んだ。

 屋上から外へ真っ逆さまのコースだ。

 そのことに気づいたルシアスは、空中で身をひねり、剣を屋上の床に突き立てた。

 硬い黒曜石の床に剣が刺さるはずもないが、剣と床の摩擦でルシアスはかろうじて落下を免れる。


「ルシアスっ! くそっ! 『ファイヤーブラスト』!」


 サードリックが俺の背後から火炎を放つ。

 俺はゆっくりと振り返った。

 火炎は俺を包んだが――それだけだ。

 「火炎耐性」なんてのは、説明するまでもないだろう。


「化け物がっ!」


 ののしるサードリックに、


「――『サンダーストーム』」


 雷の嵐が降り注ぐ。

 広範囲の雷撃は、サードリックのみならず、エイダやシルヴィアも呑み込んだ。


 雷を放ったのは、上空に浮かんだダーナである。

 俺がルシアスの「勇者魔法」を「ドロースペル」のスキルで「盗用」した時に、緑色の旋風に紛れる形で、ダーナは上空に飛んでいた。


 ダーナの魔法は不意打ちだった――ただひとりを除いては。


「『ピアシングアロー』!」


 雷を逃れていたディーネが、「貫通」の追加効果を持たせた矢でダーナを狙う。

 ダーナは空中を滑るように飛んで矢をかわす。


「『青メデューサの瞳』――『ダンシングニードル』」


「ぐぎゃああっ!」


 ディーネの腕を、俺の放った棘が貫く。

 エイダの回復にかかりきりだったシルヴィアが驚いて振り返る。

 INTの関係で、ディーネにはギリギリで「青メデューサの瞳」が効くが、効果時間は長くない。


「うおおおおっ!」


 再びかかってきたルシアスを、


「『粘着網』」


 で足止めし、


「『ダンシングニードル』」


 エイダの・・・・左腕を貫いた。

 エイダには、まだ「停止」がかかってる。

 シルヴィアはエイダとディーネのHPを場当たりに回復するだけで、「停止」の解除は間に合ってない。

 ルシアスも、俺が盗用した「ゲイル・トルネード」のダメージが大きかったのか、動きが鈍くなっている。

 ダーナの「サンダーストーム」によって他のメンバーもHPをかなり削られていた。

 回復すべき相手が増えれば増えるほどシルヴィアの判断が遅くなることを、俺はよく知っている。


「この、卑怯者がぁっ!」


 ルシアスの攻撃をかわす。

 もちろん、「物理見切り」の効果だ。

 便利なスキルではあるが、こいつの弱点は複数の相手からの同時攻撃には対応できないってことだな。


 だが、俺はトロール洞にいたトロールとは違う。

 フェイントには引っかからないし、多方面から攻撃されれば位置取りを変えて、一対一の状況に戻すだけだ。


「まさか、こんなに弱いとはな」


 俺は思わずそうこぼす。


「ったく、こんな連中のために我慢に我慢を重ね、認められもしない貢献をしてきたのかと思うと、自分で自分に腹が立つ。

 なんつーかよ……これはもう、復讐とかそんなレベルじゃねえよな。

 相手があまりに小せえと、復讐しようって気持ちが萎んじまうもんなんだな」


 俺のセリフに、上空からダーナが言ってくる。


「おい、キリク! 今さらやめるなどと言うのではないだろうな!?」


「そんなつもりはねえよ。実際、俺はこいつらにはイラッとしてる。憎んでるかっていうと……どうなんだろうな。腹わたは煮えくり返ってるが、『憎む』って行為の対象としては、いくらなんでも小物すぎる」


「こ、小物、だと……?」


 ルシアスが、血まみれの身体でなんとか構えを取りながら、俺のことを睨んでくる。

 斬りかかってこないのは、この隙に少しでも体力を回復しようってハラだろう。

 実際、ルシアスの背後では、シルヴィアが着々とヒールワークを進め、態勢を立て直そうとしていた。


「そう。小物相手に復讐なんてしてもしかたねえ。

 人をイラつかせる邪魔な小物を処分する。

 たっぷりとこの世の地獄を見せてやった上で、な。

 だから、こいつはただの処刑なんだ。

 おまえらを蹂躙し、その絶望を回収してダンジョンの糧にさせてもらう」


「キリクっ……完全に悪魔の手下に成り下がったか……!」


「今頃気づいたのか? 魔族も人間もどっちもどっちだ。

 なら、どっちについたっていいじゃないか。

 大事なのは、俺の目的が達成されること。

 正直、『暁の星』じゃ、いつになったら魔王が倒せるのかわからねえ。そもそも、おまえらに本気で魔王を倒す気があるのか、ずっと疑問に思ってたんだ。

 だから俺は――」


 そこで、俺を睨むルシアスが、唇をわずかに吊り上げる。

 ルシアスの視線は、俺ではなく、その背後に現れた何かに向けられていた。


 俺は慌てて振り返る。


 いつの間に立っていたのか。


 俺の背後にアサシンが現れ、


「『アサシネイト』」


 俺の脇腹を、黒塗りのナイフが貫いた。

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