1 成り行きで助けたはいいものの
俺の放った「ダンシングニードル」が、盗賊の手を貫いた。
「いっでえええっ!?」
魔族の女に手を出そうとしてた盗賊の
「だ、誰だっ!?」
盗賊たちが、一斉に俺の潜んでる藪のほうを向いた。
盗賊の一部は弓を構え、こっちに向かって矢を放つ。
俺は藪から立ち上がりながら、飛んできた矢を、両手の指先でつまみとる。
「DEXが低すぎるな」
俺はそう言って、キャッチした矢を地面に投げ捨てる。
盗賊たちは愕然としていた。
飛来する複数の矢を、避けるでもなく指先でキャッチするとは――
そう感心してるものとばかり思ったのだが、
「な、なんでこんなとこに全裸の男が!?」
……うん、思い違いだった。
盗賊たちは、いきなり藪の中から現れた全裸の男に驚いただけだ。
「悪魔を庇いだてする理由もないんだけどよ。
俺は今非常にむしゃくしゃしてる。
そこに、都合よくこのむしゃくしゃをぶつけてもよさそうな奴らが現れた。これぞ天の配剤だろう」
裸のまま右手を構える俺に、盗賊の頭が言ってくる。
「い、いきなり現れて何言ってやがる!? てめえ、この悪魔女の仲間なのか!?」
「いや、どっちかというと敵だけどな」
勇者パーティから追放された以上、俺に悪魔と戦う義務はないのだが。
破滅の塔の屋上で戦った、手強い女悪魔だってことはわかってる。
「なら余計な手出しすんじゃねえ! 俺らがこの女をどうしようと勝手だろうが!
それとも……てめえもご相伴に預かりてえってわけか? 素っ裸でこんなところにいやがる変態だもんな!」
「……この格好じゃ否定のしようがないな」
俺だって、街道にいきなり全裸の男が現れて、「違います! 変態じゃないんです!」なんて言い出したら、問答無用でしばき倒す。
「どうせ話しても無駄だろうけどな。
俺は、そういうのが嫌いなんだよ。
相手が敵だろうと、事情があって敵になったんだ。せめて最期くらい、人間らしく屠ってやりてえ。
たとえ偽善と言われようとな」
「素っ裸でわけわかんねえこと言ってんじゃねえよ!」
盗賊の頭が、もっともと思わなくもないことを叫んだ。
その言葉で、盗賊どもが一斉に踊りかかってくる。
だけどな。
それがなんだって話なんだが?
俺は盗賊がこっちに近づく前に地面を蹴り、連中の懐に飛び込んだ。
すれ違いざまに腹に拳をめり込ませ、延髄を肘で打ち、顎を足刀で蹴り上げる。
あっという間に、頭以外の全員が沈んだ。
弓が通じないと見て一斉にかかってきたようだが、近づけばどうにかなるってもんでもない。
追放されたとはいえ、俺だって勇者パーティにいた人間だ。
この程度の相手に苦戦などするはずもない。
「う、動くな!」
手から赤い棘を引き抜いた盗賊の頭が、悪魔の女を後ろから抱え、首筋にナイフを突きつけている。
悪魔の女のほうは、顔が赤く、意識がもうろうとしてるようだった。
本来のこの女であれば、こんな雑魚、一瞬で消し炭に変えている。
「散々苦戦させられた相手が盗賊なんぞの慰み者になるってのは、腹が立つっちゃ腹が立つ。
べつに、それくらいなら俺にやらせろとは思わないけどよ」
男賢者――サードリックなら言いそうだが。
「動くなよ!? この女の命が惜しかったら……」
「どうしろってんだ? 見ての通り、俺は素っ裸で、装備も道具も金も一切ないぞ?」
「と、とにかく動くな……!
だ、だいたい、なんなんだ、おまえは!
悪魔は人間の敵だ! 悪魔はどんなふうに扱ってもいいと、煌めきの教団だって言っている!」
「意外とインテリな盗賊だな。さっきも言ったろ。胸糞悪いから嫌だって」
「そんな理由で……!」
「おまえだって、悪魔が人間の敵かどうかなんて知ったこっちゃないって言ってたじゃないか。
で、そいつを人質にとってどうするんだよ? こんな人気のない街道で、膠着状態を続けるつもりか?」
「うぐ……」
「……って、俺こそ何まともに会話してんだ。盗賊なんかと話したって無駄だろ。問答無用で他人の物を奪い、女を犯す外道どもだ」
俺は、盗賊の頭に手を向ける。
「『ダンシングニードル』」
俺の手のひらから赤い棘が発射され――
過たず、盗賊の右目に突き刺さった。
棘は、眼窩から脳の奥までを貫いていた。
「っがっ……」
「じゃあな。来世ではまっとうな人生を歩むんだぞ」
盗賊は、目から赤い棘を生やしたまま、仰向けになってその場にくずおれた。
その反動で、人質にされてた悪魔女が前に傾ぐ。
「おっと」
俺は「縮地」で駆け寄り、悪魔女を受け止めた。
悪魔女は汗と血で濡れていた。
「うわっ、すごい熱だな」
いや、悪魔の平熱なんてわからんけどな。
「ったく。なんで俺は悪魔なんか助けようとしてんだ? ついさっきまで戦ってた相手だぞ?」
だが、とっさに身体が動いてしまった。
今腕の中でうなされてる悪魔女に、以前ほど強い敵意が湧いてこないのも事実である。
敵としてあっぱれだったこいつより、味方としてクズ以下だったあいつらのほうが、今の俺にとってはよほど憎い。
「とりあえずどこか休めるところへ……って、そもそも俺の服もねえんだけど」
森の木々が左右に迫る街道は、太陽が傾いたせいで、ほとんど日陰になっている。
空は西から東へかけて、茜色から藍色への綾模様を描いていた。
急に冷たくなってきた風に、俺はぶるりと身を震わせる。
「『凍死耐性』があるから死なないとはいえ、このままじゃ風邪を引くな」
俺は、悪魔女を地面に横たえると、盗賊どもの装備を物色する。
ひとまず、盗賊の持っていた武器の中から、まともそうな短剣とナイフを選ぶ。
異臭を発する盗賊の服をそのまま着る気にはなれなかったので、比較的マトモそうな外套を切り裂いて、自分の腰に巻きつける。
盗賊の頭の腰からベルトを奪い、短剣とナイフを吊り下げる。
「靴もなぁ……水虫が移りそうだ」
まぁ、なくてもいいか。
俺は一時期、ほとんど裸足で過ごしてたことがある。
足の皮の厚さには自信があった。
シーフになってからは、足裏の感覚を殺さないために、靴は底の薄いものを履いてたしな。
準備を整え、地面に寝かせた悪魔女を振り返る。
「う、うぅ……」
悪魔女は、汗をびっしりかいてうなされていた。
俺を含む勇者一行との戦いで、俺はこの女の翼に一撃を入れた。
もう飛べないかと思ってたが、追い詰められたところで、この女は塔から飛び降りた。
傷ついた翼で墜落を免れたっぽいことはわかってた。
だが、俺たちの中に空を飛べるやつなんているはずもない。
勇者たちは、悪魔を取り逃がしたのは俺の火力不足のせいだと責めたてた。
そして、ダンジョンから出たところで、俺をパーティから除名した。
「あの時の一撃に、状態異常はかけてない。
そもそも悪魔であるこいつに、俺の手持ちの状態異常攻撃は効かないはずだ。
『粘着網』みたいな特殊なスキルは例外としてな」
俺はしゃがみこみ、悪魔女の額に手を当てる。
熱い。
脈を取るまでもなく、心臓が激しく動悸してることが見て取れた。
「なんかの病気にでもかかったか? 伝染性のものじゃないといいんだが」
俺は悪魔女からひとまず離れ、地面に倒れてる盗賊の一人に近づいた。
盗賊相手に手加減なんてする義理はない。
その一人を除いて、他の盗賊はさっきの戦いで残らず殺した。
俺はナイフを手に、その盗賊の胸ぐらを掴んで引き起こす。
「おいっ! 気がついてるんだろう!?」
「ぐ……て、てめえ……よくも」
「何が『よくも』だ。人のモン奪って殺すのを何とも思ってねえクセしやがって、自分がやられたら恨み言か? 寝言は寝てから言え」
「くそが……」
盗賊は反抗的で、素直にしゃべりそうになかった。
「あのな、俺は盗賊ってもんが大っ嫌いなんだ。見かけたら即刻殺すことにしてる。おまえも最後には殺すつもりだが、素直に話せば苦しまないように殺してやる」
「っざけんな! げほっ、げほっ!」
盗賊が、唾を吐こうとしてむせこんだ。
「あっちこっちの骨がイってるからな。注意してしゃべれ。
で、おまえらのアジトはどこにある? おまえらはここにいるだけですべてなのか?」
「誰が……」
俺はナイフで、盗賊の右手を突き刺した。
「ぐぎゃああああっ!」
「盗賊なんぞとまともに話すつもりはねえんだよ。聞かれたことだけに答えろ」
「ぐあああっ!?」
ナイフを突き刺したままねじってやると、盗賊が絶叫して暴れ出す。
「めんどくせえな。『青メデューサの瞳』」
俺がそうつぶやくと、盗賊はぴたりと動きを止めていた。
盗賊が、恐怖に染まった顔で俺を見る。
この状態でも、肺と目だけは動かせるからな。
「停止」の状態異常にかかり慣れた奴なら声も出せる。
もっとも、そんな奴は高ランクの勇者パーティにしかいないだろう。
……え? シーフである俺に、どうしてこんなスキルが使えるのかって?
もちろん、タネはある。
だが、今は状況が状況だ。
他のスキルのことも含めて、時間ができた時に説明しよう。
「状況がわかったか?」
盗賊が目だけでうなずいた。
「『虚無の波紋』」
俺の身体から黒い波動が広がった。
この波動で、盗賊にかけた「停止」の状態異常は解けている。
盗賊が、堰を切ったようにしゃべりだす。
「お、俺たちはこの辺りを根城にしてる『
「人数は?」
「ここにいるのに加えて留守番が十五人ばかりいる」
「
「ひぃっ!? お頭がやられてる!?」
「質問にだけ答えろ」
「ぐあああっ! や、やめろ!」
俺がナイフをちょっとねじると、盗賊が悲鳴を上げて懇願する。
「あ、ああ……あれがお頭だよ。レベルが23もあったのに、あんな簡単に……」
「アジトの場所は?」
「こ、ここから西に山が二つ見えるだろ? そのあいだに、今は使われてねえ昔の砦があんだよ! 奥はダンジョン化しちまってるが、城壁や
「なるほど。なかなか便利そうな場所じゃねえか」
「い、言っとくが、居残りの連中は強えぞ!?
櫓からきっちり見張ってて、ボロいけど入り口は跳ね橋だ!
だ、だが、俺を見逃すってんなら、秘密の入り口を教えてやる」
「嘘をつくな」
俺は、盗賊の首にナイフを突き立てる。
「ごひゅっ」と音を立てて、盗賊の口から血が吹いた。
「とりあえず、そこを目指すしかないみたいだな」
ナイフに着いた血を盗賊の服で拭い取り、俺はいまだにうなされてる悪魔の女を見てつぶやいた。
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