第5話 桜島

 仕事中に考え事をするのは良くない。ぼーっとしながら荷物を運んでいたら、ちょっとした段差に躓いて足首を捻ってしまった。完全なる捻挫で、あっという間に足首が腫れてきた。現場のチーフがやって来て、

「あー、これじゃあ今日は無理だね。」と言われてしまった。腫れが引くまでに一週間ほど休まなくてはならない。その間給料は出ないので、節約しなくてはならない。医者に行くお金もないので、湿布を買って家で安静に過ごすことにした。

 怪我をしたと知って、久しぶりにミホが僕のアパートに来た。僕たちはもう何年か付き合っているのだけど、ミホの親に結婚は反対されている。僕が定職ついていないことが、彼女の両親は気に入らないらしい。

「来週法事で鹿児島に行くのよ。」

とミホは言った。母親の実家が鹿児島で祖父の一回忌なのだそうだ。

「それが終わったら、」

彼女は笑いながら言った。

「何もかも捨てて、ここに引っ越して来るわ。」

そんな度胸があるとは思えなかったが、案外この女ならやるかもしれない。

 できれば今の彼女をとりまく関係、僕との関係やら家族との関係やらを壊したくはない。しかしどちらかが壊れてしまうのは場合によっては仕方ないのかもしれない。対立する二つのどちらかを選ばなくてはならないことは、人生では何度かあるだろう。


「燃えると、燃えないと、灰の日があるのよ。」

ミホの言葉が突然、耳に入ってきた。

「灰の日?」

その話、前にも聞いたことがあるな、そうぼんやりと思った。あの時はミホがすぐに帰ってしまって、聞きそびれたんだ。

「私の話を聞いてた?また聞いてなかったでしょ。」ミホはちょっと意地悪そうな目をしてこっちを見ている。

「だからね、鹿児島では燃えるゴミの日と燃えないゴミの日と灰の日があるのよ。火山灰は危険だから。」

 そうか、灰の日が意味するのは、ゴミの分別のことだったのか。矢吹ジョーのようなボクサーのことではなかった。

 鹿児島県と言えば桜島だな。まだ時々活動して噴煙を上げているのだろうか。小さな噴火だとしても、きっと結構な量の火山灰が積もってしまうのだろう。何といっても灰の日があるくらいなのだから。

 僕は桜島が噴煙を上げている姿を想像してみた。まだ行ったことのないその場所に、いつかミホと一緒に行ってみたいと思った。そういう状況に早く持っていかなくては、と決意した。

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