第4話 ベトナム人グェンさんのこと
倉庫では荷物の仕分けをすることが多かったが、たまに別の仕事に回されることもある。
その日の仕事はクレームで返品や修理に出された商品を壊す仕事だ。最初はなんの為にこんなことをしているのか、わからなかった。徐々にわかってきたことは、クレームの入った商品は新品と交換になり、返品されたものは処分される。返品された商品を処理業者が横流し出来ないように解体するのだ。だから返品されたものはほとんど新品だ。その新品のものをハンマーで叩き割ったり、家電なら使えないように電気コードを切ったりバッテリーを抜いたりする。プラスチック製品をハンマーで叩き割る仕事はストレス発散になる。僕という人間は何かを作り上げるより、破壊する方が性にあっているのかも知れない。
そこで一緒に働いたのは、ベトナム人のグェンさんだ。グェンさんは30歳くらいの痩せた男性で、日本語は拙い。聞けば日本来てまだ半年だと言う。それでも日常会話に困ることはなく、グェンさんの方がこの仕事は先輩だったこともあり、色々と仕事の質問をしているうちに気軽に話を出来るようになった。日本には技能実習生としてこの会社で働いているそうだ。出身はホーチミン。昔のサイゴンですよねって僕が言うと、そうだけどベトナム戦争のことはほとんど知らないと言っていた。
「アメリカのことは何とも思ってないね。マックやコカ・コーラも大好きだよ。でも中国は嫌いだ。中国人のことも嫌いだ。中国は油断すると直ぐに国境を越えてくる。国境線はしょっちゅう戦争やってるね!」
「ベトナムと中国は仲が悪いんだ。知らなかったわ。」
「ここの仕事、変な仕事。新品壊すよ。ベトナムだったら高級品なのに、勿体ないね。」
確かに日本人の僕でも新品を壊すのは勿体ないと思う。家電にはサイクロン掃除機とかブルートゥースイヤホンとか、僕が欲しいものもあった。でもそれは壊さなくてはならない。バイトや派遣社員が返品された商品を持ち帰ろうとしたことがあったようだが、直ぐにバレてクビになったそうだ。そこの会社は幅広く日用品を取り扱っているので、ほとんどの人は欲しいものがあるだろう。猫の餌缶を持ち帰ろうとしてクビになった人もいたそうだ。
クビになるのは嫌なので、解体品に気持ちを込めないように努めた。銀行員が札束を紙としか思わなくなる境地に達したい。
「日本人働きすぎね!ベトナム人もよく働くほうだけど、日本人寝ないで働く。仕事の出来具合にも厳しい。息が詰まっちゃうよ!」
「グェンさん、俺もそう思うよ。」
僕はプラスチックケースをハンマーで叩き割りながら答えた。あまり必要でないものを作り、気に入らないから返品し、それを叩き割る、どこをとっても雇用が発生する。雇用を無理やり作り出しているのだな、そのおかげで僕は今日も生きていける。
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