第3話 倉庫で働く
そんな生活が3ヶ月を過ぎた頃から、自分の中に小さな不安の感情が芽生えてきた。元々自分は楽観的な性格であるとは思うが、徐々にその不安は大きくなっていった。図書館で暇を潰すのにも飽きてきたし、貯金も減ってきたので、とりあえず働いてみることにした。何よりも自分の中で大きくなっていく不安に押しつぶされてしまうのが怖かった。働くことでその闇を押さえ込むことができるような気がした。
アルバイト求人情報誌を見て、大手通販会社の出荷倉庫で働くことにした。そこで働こうと思った理由は、ただ単に家から近いことと、時給が他より少し良いことで決めたのだ。
採用はすぐに決まった。すぐに決まったということで、あまり楽な仕事ではないなと直感した。
明日からは一日中倉庫で働く。働いた分だけ給料をもらう。しばらくは平日の図書館通いと人生相談ともお別れである。休日に疲れていなければ図書館にも行けると思った。
実際に倉庫で働いてみると思ったよりも肉体的にきついことがわかった。このキツさは、時給が200円多いくらいでは埋められないと思う。
僕が主にやっているのは、ネットショッピングの商品を配送先別に分ける仕事だ。荷物に貼られた伝票番号を見て、番号別に配送先のカーゴに仕分けしていく。別に難しいことはひとつもない。しかしこれがめちゃくちゃ疲れる。
ほとんど休みなく次から次へと荷物は出てくる。中身はプラスチックケースのような軽いものもあるが、重いもの、例えば水やお茶のペットボトルの箱、米の袋、園芸用の腐葉土、冷蔵庫や電子レンジなどの家電、組立家具などのものがある。組立家具の組み立て前の重さにはちょっと驚く。ダンボール箱に隙間なく板やら金具やらが詰められているので、見た目の大きさ以上に遥かに重い。長さ2メートル、幅が50センチのものは、大型の冷蔵庫よりも重い。
米や飲料が玄関先まで届けられたら体力のないお年寄りは助かるだろう。それを運ぶ運送会社も仕事が増えて喜ぶし、労働者も雇用されて喜ばしい。まさにウィンウィンだ。でもお年寄りはネットを使わないから、注文しているのはむしろ若い人なのだろうか?忙しくて買いに行けないのだろうか?それともやはり重い荷物を運ぶのは嫌なのだろうか?まあ、いずれにしてもこの仕事は世の中で役に立っている。僕は世の中の一員として認められている。歩数は2万歩を超える。終わるとクタクタになる。
倉庫で働く時に考えているのは、スズのことだ。スズはミホが乳児院で担当している生後半年の子どもだ。乳児院とはいうのは、わけあって保護者が育てられない乳幼児を預かる施設のことだ。スズは生まれて直ぐに虐待を受けたらしく、乳児院に保護されている。どうしてそんなことになってしまったのかは、俺にはわからない。
ミホは仕事から帰って来ると、いつもスズの話をする。
「今日スズがね、ハイハイしたのよ。」
「今日はスズが、いっぱいミルクを飲んだのよ。」
ミホにとって、スズはどうしようもなく可愛いらしい。俺は毎日のようにスズの話を聞かされていたせいもあってか、その会ったことも無い赤ん坊のことを可愛いと思うようになっていた。スズのことを考えている時は幸せになれる。
何故、倉庫でスズのことを考えるのかと言えば、倉庫で働くのが苦痛だからだ。倉庫での重労働は、俺にとってはとても辛い時間だ。それを紛らわすために、仕事中にスズのことを考える。
ときには出勤する途中で帰ってしまおうかと考えることもあった。でもそうしなかったのは、やはり給料を貰って働いている限りはそれに見合った働きをしなければならないという、使命感とも強迫観念とも言える感情が、それを食い止めた。
倉庫の仕事にはプライドは持てない。ただベルトコンベアの代わりに荷物を移動しているだけだ。僕をつなぎとめるものはなに一つない。それでも僕は仕事をやめなかった。倉庫の仕事をやめたら今の自分には何も残らないような気がしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます