第2話 リストラ

 僕が新聞の人生相談の欄に回答を書くようになった一番の理由は、会社をクビになって、どうしようもなく暇だったからだ。

 それまで自動車の部品メーカーに勤めていたが、業務縮小とかでリストラされた。これからの時代はEV車が主流になるとかで、エンジンで走る車は無くなるそうだ。エンジンで走る車は好きだが、もし無くなったとしてもそれは時代の流れで仕方が無いことだ。でも自分が失業したことは些か深刻な問題だ。まあ、会社都合で退職したのだから、しばらくは失業保険も出るだろう。会社都合で働き、会社都合で失業する。辞めてしまったのでもう会社の都合に合わせる必要は無い。これからは、全て自己都合で勝負できる。もう会社に行かなくていいと思うと、何だかサッパリした気分だ。僕は大きく伸びをして大きく息を吐いた。肺の中の要らないものを全て吐き出すと、体はすごく軽くなった気がした。

 しばらくお金には困らないはずだ。貯金もあるし、失業保険も出る。それより困ったのは、暇な時間がありすぎることだ。これといった趣味も無い。友達は元々いない。出かけるといえば月に数回ハローワークに通うだけだ。


 時間は有り余っているので、図書館に通って一日過ごす。そこにはもう既にリタイアした様な高齢の男性がたくさんいた。そういう人たちはやはり暇を持て余しているようだった。何十年もサラリーマンとして働き続けてその結果がこんな感じかって思う。サラリーマンも大変だなぁ、と自分のことを棚に上げて思った。

 そんなこんなであまりにも暇だったので、図書館に行って本や雑誌を読む。図書館とはなんと優れた施設なのだろうか?僕のような暇を持て余している人間にとっては格好の暇つぶし場所だ。一生かかっても読み切れない本があり、雑誌の新刊、何紙もの新聞、それらがみんな読み放題、しかもタダなのだ。仕事をしている時は本を全く読まなかった。今や経済新聞まで読んでいる。

 僕が新聞で好きなのは、読者の投稿欄だ。特に人生相談は面白い。新聞には様々な相談が寄せられる。家族のこと、仕事のこと、お金のこと、世の中のこと、人間関係、ありとあらゆる悩みが集まってくる。

 軽いものもあれば、深刻な悩みもある。まさに人生そのものだ。他人から見たら大したことない悩みであっても、どれもこれも本人にとっては深刻な問題なのだと思う。

 毎日人生相談を読んでいるうちに、自分でもその人たちの相談に回答できるのではないだろうかと思い始めてきた。回答者は立派な肩書きがある人達ばかりだ。しかし的確な答えを出してくれる人もいれば、抽象的でよく分からない回答を出す人もいる。人生相談なのだから、具体的に答えてあげなければ、有用ではないのでは無いだろうか?抽象的で内面を変えなさいなどと答えるのはずるいのではないかと思う。

 僕は自分でも人生相談に回答してみようと考えた。プロのコメントのように上手くは行かないとは思う。うまく書けないとしても、頭の体操にはなるだろう。

 まずは最初の質問だ。


13歳女子

 父親の息が臭いです。私はお父さんのことは好きなのですが、お父さんの息が臭いので、近づきたくありません。どうしたら良いですか?

回答

 あなたはもうお父さんがキスしてくるような年齢ではありません。だから多少口が臭くても我慢しましょう。お父さんは胃が悪いのかもしれません。もしそうなら病院に行くことを勧めましょう。お父さんは社会の荒波の中で闘っているのです。ストレスで胃を壊すこともあります。もしあなたがお父さんのことを嫌いでないのならば、優しい言葉をかけてあげましょう。そうすればお父さんの息は直ぐに臭くなくなるでしょう。


 こんな感じだろうか?一応答えてはみたが、なんだかピンと来ない。まあ、相談の中では軽い部類に入るものだから、こんな感じでも構わないかな。でも考えてみれば、悩みに重いとか軽いとかはない気がする。この少女の悩みは10代の多くの少女の悩みを代表している。もっと真剣に答えなくてはならない。

 まあ、とにかく何事にも鍛錬が必要だ。徐々に上手くなっていけばそれでいいのだ。

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