②水を舞う蝶――2


「綺麗だろ? 彼女でも出来たら連れて来いよ」

「え!? そ、そんなの、まだ、早いよっ……そ、そう言う亮は? 女の子連れてきたりしたの?」

「まさか。女となんか歩きたくねーもん。すぐ感情的になってうぜーじゃん」

「……僕女の子じゃなくて良かった」


 亮と美樹は、湖から充分離れた位置に並んで座った。背は木に預け、足元に提灯を転がす。


 蛍火には及ばないが、夜行性なのか、蝶の翅は微かな光を放っている。お陰で暗闇と同化せずに視認できた。最も、人間側の勝手な都合など、飛翔する彼らは露ほども考えていないだろうが。


「ありがとう。僕、亮と友達になれてよかった」


 幻想的な光景に見惚れながら、美樹は素直な気持ちを吐露する。


 すると、また言い方が気に障ったのか、亮はわざとらしく溜め息を吐いた。


「お前さー、それ何回言うの?」

「あれ……前にも言ったことあったっけ?」

「去年も、一昨年も、その前の年にもな。ったく、こういうことは一回言えば充分だっつの」

「べ、別にいいじゃん……何回言ったって。め、迷惑なら、撤回するけど……」

「迷惑じゃねぇけど……今言われるのは気に入らねぇよ。別れの準備みたいで」


 別れ。あまりにぴったり嵌まる言葉が、美樹の弱い部分をざっくり突き刺した。


「今年が最後になるかもしれねぇんだろ? ここに来るの」


 風に撫でられ、茂る緑葉がざわめく。


 美樹は首を縦に振るしかなかった。子どもの亮が知っているくらいだ。悪報は、恐らく他の村人の耳にも届いている。


「僕……おじいちゃんに、何がしてあげられるのかなぁ……?」


 言い終えるよりも早く、涙が頬を滑っていた。


 電車に揺られて村へ着いた夕暮れ時。一年振りに再会した祖父の笑顔は、いつも通りに豪快で優しかった。その余命が、もう半年も残されていないとは信じられなくなるほどに。


「義孝じーちゃん、あんな元気にしか見えねぇのになー……」

「おじいちゃん、本当はずっと、おばあちゃんに会いたくて仕方なかったんだと思う……」


 美樹の祖母は二年前に病気で他界している。美樹や両親も含め、親族の多くは泣いていたけれど、祖父は一度も涙を見せなかった。

 悲しくないのか、と当時は憤りを覚えたりもしたが、今ならそれが祖父なりの強がりだったとわかる。

 起きた直後と寝る直前、必ず祖母の遺影に手を合わせるのが今の祖父の日課だ。写真の中の亡き妻に向ける表情かおは、いつも決まって寂しげな微笑みばかり。

 数十年の時を共に歩んできた人を亡くしたのだ。祖母の葬儀の最中、祖父の顔がずっと上を向いていた理由に何故気付けなかったのだろう。

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