③弔いの花――1
恐怖を紛らすため、日常では決して巡り逢えない貴重な命を真剣に目に焼き付けていると、後ろの方で草をかき分ける音がした。呼吸をする、人の気配がある。
亮が帰ってきた。
ほっと胸を撫で下ろした美樹だが、闇から浮かんだ姿は見慣れた友のものではなかった。
「あれぇ……先客?」
浴衣姿の女の子が、美樹達がやってきた方向から、妖しい動きでふらふらと美樹の元へ近づいてきた。
「ふふ、危ないよぉ……夜中にこんなとこうろうろしてたら、こわーい鬼に食べられちゃうんだよぉ?」
月明かりが届く位置までやって来た少女。その姿に美樹の目は奪われた。
真っ直ぐに伸びた、艶の走る長い黒髪。二重の瞳。綺麗な鼻筋に形のいい赤い唇。白い花が咲く深紅の浴衣を黒い帯で締めている。薄い袖から覗く華奢な両腕は、大量の花を抱えていた。もちろん右手の先には提灯を握っている。
少女の方も、サッと美樹の全身に視線を巡らせた。ぱっちりと開いた
鮮やかな唇が、優美に微笑む。
「はじめましてぇ。村の人じゃないよねぇ?」
「あ、う、うん……はじめまして……」
「見たところ、いいとこのお坊ちゃんって感じだけど……親戚のお家にでも遊びに来てるのぉ?」
「えっと……さ、
「桜井さん、桜井さん…………ああ、あの、
睫毛が落とす翳りを乗せ、黒い瞳はしつこいほど見下ろしてくる。
「いいなぁ……私も桜がよかったなぁ。私はねぇ、梅。
「し、知らない……」
美樹は目を逸らし、亮が消えた方へ顔を向ける。ただでさえ普段から人見知りで、この村でも亮以外の子どもとはまともに面識が無いのだ。亮ならこの子とも顔見知りではあるはずだから、一秒でも早く相手を変わってほしかった。
やがて少女は飽きたように美樹から目を逸らし、湖の前に立った。提灯を足元に置くと、彼女は腕を広げ、神様が住むと信じられている神聖な湖へと花を放った。
花達は、重力に逆らえず沈んでいく。二度と引きあげられることのない透明な墓場へと。
「なぁに?」
少女は横目で美樹に問う。微笑を壊さずに。
「なんだかそわそわ落ち着かないみたいだけど、どうしたの?」
「えっ……だ、だって、ここ、神様の住処なんでしょ? そんな、花なんて投げちゃって、いいのかなって……」
「いいよぉ。だってこれは弔いだもん。神様だって、これくらい許してくれるよぉ」
「弔い……?」
「あれぇ……? もしかして知らないのぉ?」
底無しの墓へ引きずられ、溺れていく花。それを見届け、少女は美樹の目の前にしゃがみ込んだ。不気味な笑顔を纏ったまま。
「今年に入ってすぐの冬……だからもう半年前のことなんだけど、この湖に落ちて亡くなっちゃった子がいるの」
「え……」
そっと提灯を寄せ、自分達を下から照らす少女に、美樹の胸はざわめく。
この子は何を言っているんだろう。真っ先にそんな考えが
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