野の花②

『ノア、ツナガリノヒは知っているか?』


草原を移動中にラナンが話しかけてきた。

王都までは徒歩で約1週間ほどかかる。

移動中の暇を潰す雑談の中で出た話題だった。


「もちろん、知ってるよ。国花だもん」


ツナガリノヒ。

鮮やかなひだまり色の花。

人々がまだ神話の中にあったとされる古代。

病によって子をなす事のできなくなった1人の心優しき乙女。

その乙女を不憫に思い、神がある一つの約束と共に乙女に子を宿らせた。

宿り、生まれたその子が今に続く王家の初代だったとされている。

そして、その乙女が愛した花こそツナガリノヒである。


「秋になると、この草原にある群生地にたくさんの花をつけるんだ。凄く綺麗なんだよ」

『…そうか、お前も知っているのか』

「好きなの?ツナガリノヒ?」

『ツナガリノヒが好きというより、それを元にした御伽話が好きなんだ』

「御伽話?…ああ、花と旅鳥か」

『そうだ』


ラナンの言う御伽話。

「花と旅鳥」に出てくる花もツナガリノヒとされている。

自由に空を飛びまわり、旅をする鳥と地面から離れられず、鳥を羨む花。

2人は最初の方は仲が良くないが、様々な経験の中で絆を結び、最後には無二の友となる物語。

国で人気の物語であった。


『昔に読んで、自由に旅をする鳥に憧れを抱いたものだよ。花の夢には強い共感を感じたしな』

「旅に出たかったの?」

『ああ…世界中を観て回りたい。それが私の夢だったんだよ』

「今は違うの?」

『そんな場合じゃなくなってしまったからな…』

「……」


少しの沈黙の後、ノアは提案する。


「ねぇ、ラナン」

『何だ?』

「ツナガリノヒ…見に行かない?」

『見にいく?ツナガリノヒを?』

「うん」


ノアの提案にラナンは少し驚いた。

ノアがこう言ったのには理由がある。

力を貸してもらっているのは勿論のこと、度重なる戦闘で荒んだ心を慰めてくれた相手にノアは恩返しをしたかったのだ。

出会った当初は不信感が強くあったが、今となってはそれはもうほとんど無い。

あるのはただ、ノアなりのラナンへの思いやりだった。


「群生地は道の途中の、少し外れにあるはずだからさ。そこによっていこうよ」

『…いいのか?』

「見たくない?」

『…いや、出来れば見たい…な』

「うん、じゃあそうしよう」


ノアは嬉しそうに頷いた。

青空を雲が流れていく。

遮るものが無い平地の草原には風がながれ、草の擦れあう、さらさらとした音が心地よく耳に響く。

遠くにはうさぎがその長い耳を立てて、辺りの様子を伺い、鳶は空を舞っていた。

下向きに落ち葉を踏んで歩いていた陰気さは日差しの中に溶けゆくように、ノアの心は穏やかな温もりに包まれていた。

足取りは今までに比べて軽く、ノアは村以降で初めて、前向きに歩を進める事ができていた。

道なりに東へ東へと進んでいく。

時は過ぎ、日は傾き、朝日は夕焼けへと変わり、夜になる。

道のそばで、焚火と共に夜を明かす。

次の日は昼間から雨が降り始めた。

平野にポツリと生えた木の下で雨宿りをする。

その間もノアはラナンとたわいない話をした。

好きな事、嫌いな事、趣味などについて。

互いにあった距離感はすっかり無くなっていて、そこにあったのは利用して利用されての冷たい合理的関係性ではなく、気のおけない友人と語らうような和やかな空気感だった。

戦場に身を投じ、苦難を共にした者達の関係は通常の人間関係の何倍もの密度になるという。

ノアがラナンが会った時間はセパやガーダ等に比べて遥かに短い。

だが、今までの戦いが、剥き出しの感情をぶつけた経験がノアの心に強い繋がりをもたらしていた。

故にこそ、花を見せてあげたかったのだ。

その日は夜になるまで雨で、ノアは次の日を待つ事にした。

雨が上がった夜空で月がゆっくりと弧を描き消えた後、東の空が白む。日が上りきる前の暁に出発した。

2時間程歩くと、直線の幅の広い道からそれた少し狭い道があった。

ノアはその狭い道に向かっていく。

その道の先は緩やかな丘陵となっていて、上り下りをくり返す。

そして、ノアがふと視線を上げると、キラキラと光を反射する水面が見えた。

小さな湖。

池と言われても納得できる広さのほとりにノアは到着した。

ツナガリノヒの群生地たる湖に。

ノアは視線を下向きにして、足元を見る。

だが、目当ての物は見当たらない。

茶色が多く混ざった、丈の低い弱々しい草があるだけで花は一つも咲いていなかった。


「咲いてない…」


ノアは落ち込み、項垂れる。


『もう、冬に入ったからな。その可能性もあるとは思っていたさ』

「…」

『…ありがとう、ノア』

「…え?」

『私の為にここまで足を運んでくれたんだ。嬉しいよ。見れなかった事は残念だけど、その気持ちだけで十分だ』

「…でも」

『いいんだ』


ノアは渋面する。

モヤモヤとした感情が胸の内に広がってラナンはそう言ってくれたが感謝の気持ちを形に出来ない虚しさがノアにとって、とても嫌だった。

何か方法がないかあれこれと思案する。

すると、ある方法が浮かび、ノアはハッとした。


『行こうか。王都までまだ距離があるし、早めに出た方が…』

「まってラナン!」

『ノア?』


ラナンを呼び止め、ノアは思いついた事を話す。


「生命力って、生き物全般に使われている物なんだよね?」

『ああ、それがどうしたんだ』

「それって植物も同じなの?」

『それは…ああ、そうか。その手があったか』

「うん」


ラナンはノアが言わんとしている事を察した。

ノアは剣を生み出して、握る。

そして、頭上に掲げると、くるりと回転させて刃を下に向けて持ち、そのまま地面に突き刺した。


「はぁ!」


地面に突き刺した剣から生命力が流れ出る。

すると、辺りの枯れていた草はそのしわがれた茶色から若々しい緑色へと姿を変えていく。

伸ばした茎からは蕾が生え、そこから暖かな日差しの如き花が芽吹いた。

ツナガリノヒ。

求めていた花がノアの周りを囲う様に咲き乱れる。

ノアは剣を引き抜き、剣を消した。


『これが…』

「そうだよ。これがツナガリノヒだ」


吹く風にひらりと花びらが舞う。

その一枚がノアの手の平に収まり、そこからは甘く、優しい香りがした。


『綺麗だ…』


呟くラナンにノアは嬉しそうに笑う。

ノアは顎を指先でポリポリとかくと、また何かを思いついた様で、ラナンに話かける。


「ラナン、ちょっと出てきてもらってもいい?」

『?ああ、構わないが?』


ノアの言葉にラナンはノアの体から抜け出す。

ノアはラナンに少しの間、目を閉じていてほしいとお願いすると、ラナンは少々困惑しながらも、言う通り目を閉じた。

ラナンの耳に時々、ここをこうしてクロスして、あれ?あっ、そっかこっちだ…などの声が聞こえる。


「ラナン、目を開けて」


しばらくしてから聞こえたノアの言葉にラナンは目を開ける。


「じゃーん」


すると、そこにあったのは、ツナガリノヒで作られた花冠だった。

ラナンはとても驚いた顔で花冠を見つめる。

ノアはラナンに、はいと言って花冠を差し出す。


「つけてみて?」

「あ、ああ」


ラナンはノアに言われるがままにおずおずと花冠をかぶった。


「昔にセパに教えてもらったんだ」

「そう…なのか」

「…うん、似合ってる」


ノアは優しく微笑む。

そのノアの反応に、ラナンは今までにみた事がない様な顔をした。

苦しいとも嬉しいとも悲しいとも取れない複雑な、唇を噛み締めたその表情にノアは首を傾げる。


「ラナン?」

「………いや、なんでもない。気にするな」

「?」


ラナンは顔を逸らし、少し歩く。

その場にしゃがむと、ツナガリノヒにそっと手を添えて花弁の縁をなぞる。


「…ノア」

「何?」

「…ありがとう」

「…うん」


また、風が吹いた。

花びらが遠くまで運ばれていく。

湖の水面に花びらが落ち、小さな波紋を作り出す。


「本当に…ありがとう」


ラナンはノアにお礼を言った。

それは心からの感謝だった。


その日は湖の側で一日を過ごした。

また始まるであろう激戦に備える為に。

ゆっくりとノアとラナンは眠るのだった。








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