野の花①

「何言ってんのよ、馬鹿じゃないの」


紫髪の少女は呆れた様な表情をした。

少年は不満げな顔をして抗議する。


「馬鹿ってなんだよ。僕は真剣なんだぞ?」

「それが馬鹿だって言ってんのよ。あんたなんかに守ってもらおうなんて、こっちは一言も頼んでませ〜ん」

「なぁ、何だと〜!」

「どーせ、あんたが龍なんかになっちゃったら、なれた事に喜んで、その事に夢中になってはしゃいで、飛んで、どこかわからない所まで行っちゃって、帰り道がわからなくなって大泣きしちゃうに決まってるわよ」

「そんな事ないよ!」

「その本に熱中して、兄さんとの約束すっぽかして怒られたおバカさんはどこの誰だったかしら?」

「う、うぐ」


少年は言葉に詰まる。

少女はしたり顔でニヤリと笑う。

その顔を見た少年はガックリと肩を落とした。

少女は少年の隣りに座る。

そして、少年の頬を指でぐりぐりと押しながら言う。


「いちいち、落ち込んでんじゃないわよ。馬鹿」

「む〜…」

「まったく、めんどくさい奴ねぇ」


少女は絵本のあるものを指さす。

それは龍の友として描かれている狼だった。


「あんたが龍になりたいってんなら、あたしはこれになるわ」

「狼?なんで?」

「だって、狼になればどっか行ったあんたを匂いで見つけられるでしょ?」

「むむむ〜…やっぱり馬鹿にして〜」


膨れっ面になった少年を見て、少女はくすくすと笑った。


「ちゃんと見つけてあげるわよ、迷子ちゃん?」


少女はそう言って軽く舌を出し、片目を閉じたのだった。



港町から離れた森を東へ歩く。

ノアは先程までの事を思い出していた。


ノアを庇った事で港町に居場所を無くしてしまった少女。

戻れば怪物達の仲間として町民に殺されてしまうだろう。

帰る場所など無い天涯孤独の身。

ならばとノアは自分が少女を守ると言ったが断られてしまった。


『私がついて行けば必ず、あなたの足を引っ張る事になります。…あなたは特別で、戦う人です。きっと、あなたの助けを待っている人が他にもいると思います。あなたの邪魔に、私はなりたくないんです』

『でも…』

『お願いします。あなたに私を背負わせないでください』


頭を下げられたノアは押し黙る事しか出来なかった。

頭を上げた少女は微笑む。


『大丈夫です。考えはあります』

『…どんな?』

『国境を超えて、別の国に行きます』

『!…無茶だ!自殺行為だよ!』


ノアは驚愕する。

ノア達の国は国境を山脈に囲まれており、それが自然の要塞として、他国の侵攻を阻んでいた。

その高さは雲を越え、夏場であっても厚毛の重装備で向かわなければ体が凍えてしまう場所だった。

今は晩秋を超えた初冬の季節。

そんな所に子供1人で向かう事など、とても許せる訳が無かった。


『山を登って越える訳じゃありません。炭鉱業の、私の村にだけ伝わっている秘密の抜け道があるんです。それを使います』

『でも、道中でアッシュ…あの化け物に会ったら』

『その時は全力で逃げます。…そんな不安そうな顔をしないでくださいお兄さん。大丈夫です。死んでしまった村の人達の為に私、必ず生き残ってみせます』


ノアは食い下がるが、少女はきっぱりと言いきる。

取り下げる気はない様だった。

ノアはしぶしぶといった様相で少女の提案を飲み込んだ。

でも、せめてとこれくらいはさせて欲しいと、ノアはラナンに頼み、少女に生命力を分け与えた。

これで数週間は寒さや飢えに耐えられるはずである。

少女は自分の身に与えられた力に驚いていた。


『お兄さん!本当にありがとう!』


去り際に少女は手を振っていた。

感謝を込めて手を振っていた。


その事を思い出しながらノアは今、森の中を歩き、後悔をしていた。

やはり、あの子は自分が守らなければならないのではないのか。

自分のせいで怪物の仲間と思われてしまった責任を取らなければならないのでは無いか。

それに、たった1人で襲われてしまったら。

様々な不安、自責の念に囚われる中、声がかかる。


『あの子の決めた事だ。もう私達が手を出せる事じゃない』

「ラナン…」


声の主人はラナンだった。


「いいのかな、それで…」

『…ノア、炭鉱の村であの子を助けたのは何でだ?』

「え?…いや、だってあの時、助けなきゃあの子は死んでたじゃないか」

『そうだな。あの時、お前が助けなければ確実にあの子は死んでいた。その時、お前は何を考えていた?』

「何って、ただ焦って、助けないとって、それだけで…」

『ああ、つまり、純粋に救おうとしたという事だ。それは港町でアッシュ達が襲来した時、難民や町民を守った時も同じだ。そうだろう?』

「…うん」

『お前が決めて、お前が行動したんだ。結果はお前が望むものでは無かったかもしれん。だが、お前は守ると決断した。そうだな?』

「…うん」

『なら、きっとあの子もそうだ。お前を庇うと、自分で決めて、自分で動いたんだ。殺されそうになったとしても、あそこに居られなくなったとしても、それでもな』


頭に響く、ラナンの声が柔和になる。


『ノア、あまり背負い込むな。全部、自分の所為だと思い悩むな。お前は悪くない。悪くないんだよ』

「ラナン…」


ラナンの言葉にノアの心は少しだけ、軽くなる。


「…ありがとう」

『ああ』


草木の茂りが徐々に低く、薄くなっていく。

日光が上からでは無く、全体から浴びる様に降り注ぎ始める。

森を抜ける。

歩き着いた場所は平野。

この国一の大草原である。

風に吹かれて、そよそよと揺れる草は波打ち、日差しを跳ね返してキラキラと光る。

空では雲が流れ、奥には鮮やかな藍色がいっぱいに広がっていた。

ノアは草原を進む。

この先にある、王都にむかって。



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