岩鉄山⑤

「このクソ化け物がぁぁぁ!!!」


怒りの咆哮と共にノアは黒龍に特攻する。

地面に足がめり込む程踏み込み、大きく跳躍すると黒龍の頭に大上段の一撃を見舞う。

だが、刃は通る事なく鈍い音を立てて弾かれた。


「…ッッ!」


頭を踏んで後方に一回転しながら着地する。

再度突っ込み、今度は腹部を狙い剣で連撃を打ち込む。

しかし、ここも攻撃は通じない。

だが、ノアは攻撃の手を休める事は無かった。


「ああああああああ!!!」

『ノア!落ち着け!』

「クソ!クソ!クソぉぉぉ!!」

『ノア!!』


ラナンの静止の声もノアの耳には届かない。

思い出の中でセパは笑っていた。

約束と言って笑っていた。

そう言ったセパをこの化け物は喰らったのだ。

ノアの心は怒りに満ち、とめどなく溢れる殺意は目の前にいる黒龍に向けられていた。


連撃を止め、腰を入れた重い一撃を入れる。

それでも刃は立たなかった。

黒龍は唸り、右前脚を振いノアを弾き飛ばす。

大砲を喰らったかの様な重厚な一撃にノアは近辺の家々を破壊しながら吹き飛び、岩壁に体を叩きつけられた。


「カッ…!?」


空気が漏れ出る様な、か細い声をあげ、ノアは地面に倒れ込む。

起きあがろうと上体を上げた所で、口からおびただしい量の吐血。

むせかえるノアの元へ、ズシャリズシャリと足音を立てながら黒龍が歩み寄る。

霞む視界でフラフラと立ち上がりながら、ノアは黒滝を見る。

黒龍は大きく息を吸い込み、頭を空に向かって持ち上げる。

そして、頬袋を大きく膨らませた。


『逃げろノア!!』


ラナンの鋭い声が頭に響く。

だが、遅かった。

黒龍の頭が振り下ろされ、口が開かれる。

その中から怒涛の勢いで溢れ出た獄炎が、ノアの体を一瞬で包み込んだ。


「がぁぁぁあああ!!」


ノアの体を炎が焼き焦がす。

肉の燃える音が響く。

皮膚がめくれ上がり、剥がれ落ちる。

永遠にも思える数秒の後、灼熱の嵐が去った。

ノアの体は全身余す所無く焼け爛れ黒く変色し、煙を上げていた。

あまりの激痛にノアは立ちながら気を失っていた。

黒龍は再び、息を吸い込み始める。

そして、また頬袋を膨らませた。


『させるかぁ!」


ノアの体からラナンが飛び出す。

ラナンは右手に生命力を手中させた。

すると、人の頭程の光弾が出来上がり、それを今にも火を吹こうとしている黒龍の顔面に向かって投げる。

光弾は黒龍の口内に入り、炎と混ざり合い炸裂した。


「ガァァァ!!」


これには堪らず、黒龍が大きく怯む。

その隙をついてラナンはノアを抱きかかえ、物陰へと逃げ込んだ。


「ノア、大丈夫か!」

「ぁ…か…」

「すぐに治す!待ってろ!」


ラナンはノアの体内の生命力を操作し、体を修復していく。

20秒ほどで体は元の状態に戻り、気を失っていたノアが目を覚ます。


「ラ…ナン?」

「気が付いたか?」

「僕は………、!!」


ショックで記憶が飛んでいだのだろう。

少しの間、ノアは状況を掴めていない様だった。

だが、すぐに思い出したのか、血相を変えて起き上がる。

そして、黒龍のいる方向に向かって駆け出そうとした。

だが、それをラナンが手を掴んで阻止する。


「待て、ノア!」

「離せよ!止めるな!」

「奴に攻撃は通じない!殺されにいく様なものだぞ!」

「うるさい!」


ノアは怒鳴り、ラナンの手を振りはらおうとするが、ラナンは頑なに掴んだ手を離さなかった。


「離せ!離せよ!」

「落ち着け!私に考えがある!奴を倒せるかもしれない!だから落ち着け!」

「…ツ!」


ラナンは手だけで無く、肩も掴んでノアを自身の正面に向け、真っ直ぐに眼を見ながら説得する。

ノアはラナンの言葉に僅かに冷静さを取り戻し、暴れるのをやめた。


「…少しは冷静になったか」

「…」

「…いいか?今から言う事を良く聞け」


そう言って、ラナンは自らの作戦を説明し、その内容にノアは首を縦に振るのだった。



「ゴルルル…」


ダメージから回復した黒龍が忌々しげな唸り声をあげながら辺りを見渡す。

探しているのは先程まで戦っていた人間の子供。

そして、その人間と共にいた自らの同類。

攻撃を中断され、利用され、仕留めきれなかった事実が黒龍の胸中にふつふつとした怒りをもたらしていた。


黒龍の視界の端に小さな影がうつる。

顔を向けると目当ての人間が物陰から飛び出し、逃げようとしているのが見えた。


「ガァァ!」


黒滝はその巨体に見合わない俊敏さで人間の元に詰め寄り、左前脚を地面が陥没する程叩きつけた。

土煙が上がり、視界を覆う。

翼をはためかせ、煙を払い、黒龍が脚を退けて仕留められたかどうか確認する。

だが、そこに人間の姿は無かった。

周りを見渡すと村の中心部に向かって走っている人間の後ろ姿が見えた。


「ガァァァァァ!!」


黒龍は吠え、人間の後を追いかける。

人間はこちらを少しだけ振り返り、速度を上げて逃げ出した。



「いいか?今のままじゃあいつを倒す事はできない。だから、今は退く」

「!…ふざけ「ただし、ただ逃げる訳じゃない。村の中心に向かって逃げる」


戦わない選択肢を突きつけられ、激怒しそうになったノアを、ラナンは人差し指をノアの唇に押し当てて制する。


「中心?」

「村には今、何がいる?」

「何がって……!」

「気づいたか」


ラナンの問いかけにノアは思考を巡らせ、思い出した。

今、村にはアッシュ達がいる。

そして、奴らを倒した時に得た生命力。

それによって人間離れした身体能力を手に入れた事に。


「村にいるアッシュ達を狩り、奴らの蓄えた生命力をお前の力へ変える。そうすれば

黒龍に対抗できる筈だ」


ラナンがノアがノアを真っ直ぐ見つめる。


「やれるか?」

「…ああ!」


ノアは力強く答えた。



「ガァァァ!グァガァァァ!!」

「ッッく!」


黒龍の爪撃や突進によって堅牢な石積みの家がたまごの殻を割る様に破壊されていく。

ノアはその猛攻をしゃがみ、飛び跳ね、急旋回、家を使った隠れ蓑でやり過ごす。

そして、その逃走の合間にアッシュ達を狩る。

生命力が体に吸収されるたびに、肉体が強化されていく。

蓄えられた生命力はノアの体に埋め込まれたラナンの血肉を活性化させ、ノアの体を覆っていく。

握られた剣は分厚く、鋭利になっていく。


黒龍が家を突き破る。

土煙が上がる中、その正面にノアは立った。

生命力の吸収によって変質したその姿はおどろおどろしく、狂気的な、滴る血を幾重にも浴び、流動する黒き薔薇の蔓が巻き付いた様な、狂魔の騎士といった風情であった。 


黒龍は叫び、ノアに突っ込む。

ノアはその突進を避ける事なく受けた。

地面に足がめり込み、ゴリゴリと土砂を削りながら後退する。

だが、吹き飛ばされる事は無く、広場の中心から端の所まで押し込まれた所で停止した。

力で黒龍の突進を受け止めたのだ。


「グルァァ!」


黒龍から困惑に似た声が上がる。

ノアは黒龍の顎に一撃を見舞う。

黒龍は頭を大きく上に向かって跳ね上げられタタラを踏んだ。

ノアはその隙を逃さず、黒龍の右前脚に剣を叩き込む。

血飛沫が上がり、脚が宙に舞い、大きな音を立てて地面に落ちた。


「グルァァァァアア!?」


黒龍が絶叫する。

ノアは先程までと違う、自らの力に確信する。


『いける!』


ノアは剣を握りしめる。

そして、黒龍の心臓目掛けて剣を突き立てようと突っ込む。

だが、黒龍は体を回転させ、尻尾による薙ぎ払いでノアを吹き飛ばした。

ノアは家を破壊しながら突っ込み、家をガレキの山に変える。

黒龍は追撃を加えようと左前脚を打ち込んだが、ノアは間一髪で回避し、黒龍から距離を取る。

黒龍は右脚を治しながらノアの方に体を向けた。

右脚が生えていく様を見て、ノアは改めてアッシュ達の回復力を実感する。

視線を黒龍の心臓に向けると剣を構え直した。

息を大きく吐き、吸う。

そして、懐に踏み込んだ。

黒龍の両前脚による連撃を掻い潜り、心臓に向けて切り込む。

血が吹き出し、ノアを濡らす。

だが、黒龍は止まらず、ノアを両前脚で挟み込んみ握りつぶそうとする。

メギメギと鈍い音が身体から響く。

ノアは歯を食いしばり、全身に力を込めて、黒龍の両前脚を押し返す。

無理矢理こじ開けた隙間から剣を振い、文字通り切り開いて脱出しようとする。

黒龍は逃げようとするノアの足に噛み付くと、頭を振い地面や岩壁にノアを叩きつけた。

何度も何度も何度も。


「がっはぁ!!」


衝撃から剣を落とし、口から血反吐を吐きながらもノアは黒龍の頭を掴むと、黒龍の眼にて目掛けて貫手を叩き込んだ。


「ギャウウオオ!!」


目を潰された黒龍はたまらず、ノアを口から離す。

地面に這いつくばる形で落とされたノアは、剣を再構築し、立ち上がる。

激痛が走る体を無理矢理動かし、剣を黒龍に向けて振るうが、黒龍はそれを空中に飛び立つ事で回避する。

そして、空中で静止すると大きく息を吸い始めた。


『息吹!』


ノアで逃げる事なく立ち止まる。

腰を落とし、剣を構える。

黒龍が息を吸い終わり、頬袋を大きく膨らませた。

頭が振り下ろされる。

火焔がノアに向かって猛烈な勢いで吹き込まれた。


「くっ…ぐっ!」


ノアは剣で黒龍の火焔を受け止める。

火の勢いに身体がずりずりと後退し、膝をついて倒れそうになる。

だが、ノアは歯を食い縛る。


「が、あああぁァァ!!!」


そして、気合いの裂帛と共に炎を打ち払った。

火の粉の飛び散る中をノアは大きく跳躍する。

空に舞う黒龍に向けて一直線に。

握られた剣は炎の直撃で紅く染まり、放物線を描き出す。


「ぜりゃあああ!!」


ノアの剣が黒龍の肩を切り裂き、片翼を断った。

黒龍は咆哮をあげ、地に落ちる。

衝撃と共に大地が揺れた。

少し遅れてノアも着地し、黒龍の方へと走る。

黒龍は口から火炎の残りを吐き出しながらノアに向かって叫ぶ。


「ゴァァァ!!」

「がぁぁぁ!!」


ノアと黒龍は激突する。

黒龍の前脚の攻撃に合わせ、ノアは剣を振るう。

爪を指を脚を、カウンターで全て切り裂いていく。

ズタボロになった前脚がその機能を停止させ、動く事をやめた時、黒龍は大口を開けてノアの頭上から噛みついた。

だが、口内に飲み込まれた瞬間、黒龍の頭から剣が突き出し黒龍の口を円状に切り裂く。

切り落とされた口から悲鳴が上がる。

黒龍は身体を大きく逸らす。

返り血で真っ赤に染まったノアはその隙を逃さなかった。


「がぁぁあああ!!」


踏み込み、加速をつけて打ち込んだ突きは黒龍の胸部に当たりその心臓を貫いた。


「ガ…ガァ……」


黒龍がか細い声を上げる。

ふらふらと2歩、3歩と千鳥足の様にふらつく。

そして…力無く倒れた。

血溜まりが広がっていく。

村に残っていたアッシュ達が塵になっていく。王の終焉に連なり、消えていく。


戦いは決した。

だが、ノアの怒りは収まらなかった。


「死ねぇ!この化け物がぁ!!」


黒龍の亡骸になおも剣を突き立てる。

血肉を抉り、骨を切り裂く。


『ノア!』

「あああ!!」

『ノア!!もう止めろ!もう死んでる!終わったんだ!もう止めてくれ!!』

「がぁあああ!」


ラナンの声も届かず、ノアは剣を振り続けた。

血走った目で、ただ真っ直ぐに殺し続けた。

その怒りの赴くままに。

その悲しみの発露の様に。


「ゼハァー…ゼハァー…」


体力が尽き、荒い呼吸をしながらノアはへたり込む。

握っていた剣は乾いた音を立てて落ち、分解される。

変容した肉体がボロボロと剥がれ落ち、中からノア本来の肉体が顔を出す。

荒んだ呼吸が元のリズムに戻ったタイミングで身体から何かが抜け出る感覚がした。


「ノア…」


ノアの少し後ろに実体化したラナンが声をかける。

だがノアは沈黙でかえす。

俯いたまま、全く動かない。

ラナンは気まずそうに視線を一瞬視線をそらした。

辺りの家から上がる火の弾ける音が聞こえる。


「…大丈夫…か?」


ラナンはノアの肩に手を伸ばす。

だが、その手は肩に触れる事は無く、ノアの腕払いによって弾かれた。


「…うるさい」


ノアがゆらりと立ち上がる。

ゆっくりとラナンの方に顔を向ける。

その顔は怒りに満ちていた。


「ノア…私は「うるさいんだよ!!」


ラナンの言葉を遮り、ノアは叫ぶ。

感情の濁流を吐き出す様に。

心に残った僅かな理性が八つ当たりだと、目の前にいる女の責任ではないと語りかける。

だが、そんな理性も今のノアには届かなかった。


「誰のせいでこんな事になったと思ってるんだよ!お前が!お前らみたいな化け物がいなけりゃこんな事にはならなかったんだ!」

「僕はただ…ただみんなと一緒に、一緒にいたかった!毎日を穏やかに生きていたかった!みんなに幸せになってほしかった!なのに………何で!!」


ノアの表情が苦悶に歪む。

その根底にあった理想。

それを砕かれた悲痛がノアの心に穴を開ける。

ラナンはその絶叫を悲痛を浮かべた瞳で見つめていた。


「…すまない」

「っ!」


ノアはラナンの胸ぐらに掴み掛かる。

力任せに持ち上げて、ラナンの踵が少し浮いた。


「…返せよ」

「団長を、ココさんを、じいちゃんを、ガーダを、セパを…兄ちゃんを!返せよぉ!」


ノアは叫ぶ。

失った者の名を呼びながら、帰らぬ愛を叫びながら。


「返せ!返せよ!返せ!…返せ…」


だんだんと胸ぐらを掴む力と叫び声は弱くなり、ラナンの踵が地につく。

震える手でラナンを掴むノアの目からは涙が溢れていた。 


「返してよぉ…」

「………」

「どうして…どうしてみんな死んじゃうんだよ……おいて…行かないでよ…」


ぼろぼろと大粒の涙が頬を伝う。

深い悲しみの言葉がノアの口からこぼれ出る。

そんなノアをラナンは優しく抱きしめた。


「すまない…」

「…ぁぁあ、あああああ」


ラナンの胸の中でノアは泣く。

慟哭が廃墟と化した村の中に溶けてゆく。


そして、遠くから2人を見つめる獣の影が、森の中へと消えてゆく。




倒さなければならない準王は残り4体。

旅はまだ、始まったばかりだ。

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