岩鉄山④

老若男女がカゴに入れられた花びらを掴み、空に向かって投げる。

机の上には普段の食事からは考えられない程、豪勢な料理が並んでいて、人々が喜びながら舌鼓を打っていた。

そんな中をひと組の着飾った男女が歩いている。

セパとガーダ。

今日は2人の結婚式。

指笛の軽快な音、拍手や歓声で辺りは賑わう。

ガーダは周りから背中を叩かれながら手に持ったジョッキに次々とぶどう酒を注がれ、それを必死で飲んでいた。

セパはガーダに心配半分、呆れ半分の態度で寄り添う。


そんな2人の様子をノアは遠くから、穏やかな目で見つめていた。



宴はたけなわ、日は暮れて…人々は家に帰っていく。

殆ど人がいなくなった教会の外の切り株にノアは腰かけ、果実のジュースを飲んでいた。

空を見上げると満天の星がキラキラと輝いている。

思い出すのは昼の情景、幸せに満ちた時間。

そして、今までの自分とセパとガーダとの交流の日々。

ノアは口角を軽く上げ、思い出し笑いをした。


「何よ。ご機嫌じゃない」

「ああ、セパ。ガーダは?」

「飲み過ぎで沈んだ。多分、あれは昼まで起きてこないわね」

「しこたま飲まされてたもんねー」


足音と共に側に置いてあった燭台の火が揺れ、後ろを振り向くとセパがいた。

察するに、どうやらガーダの介抱をしていたらしい。

セパはノアの隣りに腰掛ける。

セパからふわりと酒気が香った。


「セパは大丈夫なの?」

「アタシは平気よ。お酒強いし…それより、何をニヤニヤしてたのよ?」

「別に?…ただ今日の事を思い出してただけだよ」

「今日の事?」

「うん…結婚式当日に言っちゃなんだけど、まさかセパとガーダがくっつくとはなぁ…って思ってさ」

「ホントに言っちゃなんね…」

「ふふっ、ごめんごめん。でも、意外だったのは本当なんだよ。だって2人とも昔は喧嘩ばっかりだったじゃん?」

「…喧嘩っていうかガーダの一方的なイタズラでしょ?」

「セパの服の背中側にカエルを入れたりしたっけ?後、日記をこっそり持ちだしてみんなの前で読んだりとかもしてたね」

「人の誕生日のお菓子を猫ババした時は流石に頭に来たわね」

「ははは、あの時のセパは怖かったなぁ。まるで怒ったドラゴンみたいだったよ」

「何よそれ。馬鹿にしてるの?」

「してない。してない。してるわけない」

「ふーん…」

「ホントだって」


ノアは過去を振り返ると、いつも冷汗と油汗を大量にかきながら頭を下げるガーダとそれを青筋をたてながら見下すセパが強く印象に残っていた。


「…まぁ、分かんないかも知れないわね。アタシだってよく分かってないんだから。何であんなダメな奴とくっついたのかなってさ」

「そうなの?」

「ええ、そうよ。………でも、しいて理由を挙げるなら…あの時かな」

「何?」

「5年くらい前、私が山の中で迷子になったの…覚えてる?」

「え…あぁ、あの時かぁ」

「ええ」



セパは過去に思いを馳せる。

秋にキノコを狩りに山に出たある日、セパは崖から足を滑らし、怪我をした。

右足は折れており、左足首も捻挫していて動くこともできない状況下、時間はどんどん過ぎていき、日はすっかり暮れて、月が空に登っていた。


『グルル…』

『…うぅ』


崖の岩壁に背を預け、冷汗をかくセパの目の前には口からダラダラと涎を垂らした獣達、狼が周りを囲う様に唸り声を上げていた。

セパは逃げようと力を込めて立ちあがろうとしたが、痛みが走り、上手くいかない。

その間に狼達はじりじりと距離を詰めてくる。

一歩、二歩、三歩。

ギラリと光る鋭い眼光にセパは震え上がる。

最悪のイメージが頭に浮かぶ。


『ガァヴァ!!』

『きゃああ!!』


痺れを切らし、狼の中の1匹がセパに飛びかかった。

セパは頭を抱え、きつく目を閉じ、来るであろう痛みに備えた。

だが、その時。


『…うぉぉぉぉありぁぁああ!!!!』

『キャイン!?』


風と共に人影がセパと狼の間に割って入った。

人影は狼をその手に持った木の棒で殴り飛ばした。

セパは顔を上げると、そこにいたのは…ガーダだった。


『セパ、大丈夫か!?』

『ガーダ…』


ガーダはセパの足に視線を向けた。

怪我をしている事に気付いたガーダは目を見開き、体を震えさせる。

表情はみるみる怒りに染まっていき、キッと狼達を睨め付けた。


『テメェら、よくもセパに酷い事しやがったなぁ…泣いても許してやんねぇぞ!!」

『ガウガウバゥ!』


狼が襲いかかってくる。

ガーダはそれらを木の棒で殴り倒す。

ガーダが大立ち回りしていると、更にそこに多数の足音と声が聞こえてきた。

草むらから勢いよく飛び出してきたのは自警団の男達。

手に持った武器で狼達の横腹に襲いかかる。


『キャインキャイン』


これにはたまらず、狼達は尻尾を巻いて逃げ出した。

男達は勝鬨を上げる。

危機が去った安堵から、セパの体の緊張が解ける。

急激な眠気に襲われ、セパは意識を失った。

最後に見た光景はガーダがこちらに向かって走り寄ってくる姿だった。



「あれからね。ガーダったら、アタシにちょっかいをかけなくなって…それどころか、2度とアタシが狼に襲われない様、山の奴ら全部狩ってやるって狩りの特訓を始めて…」

「弓矢、的から外しまくってだけどね」

「しまらないわよねぇ、本当」


2人してクスクスと笑う。

どこまでも抜けているガーダがおかしくて、でもそんなところが彼らしくって。

ノアは何故、セパがガーダと結婚したのか理解できた気がした。

窮地を救ってくれた勇気、そして彼の持つ暖かな空気。

きっとそれが理由なんだろうと。


「ねぇ、ノア?」

「ん?」

「あんた、赤ちゃんは抱っこした事ある?」


唐突な質問にノアは目をパチパチとさせる。

少しの間、顎に手を添えて考えるとその様な経験はない事に気づいた。


「んーん。無いよ」

「そっか、無いか」


セパは微笑むと立ちあがり、スカートをパシパシとたたいた。

ノアも一緒に立ち上がる。


「3番目よ」

「え?」

「もし、この先、アタシが子供を産む事になったら…最初はアタシが抱いて、次にガーダが抱いて…その次はノア」


教会に向かって歩いていたセパはくるりと振り返り、後ろにいたノアを見つめる。


「その時は、優しく撫でてあげて」

「セパ…」

「約束よ」


セパは笑う。

ニッコリと、幸せそうに。

ノアはその笑顔に同じく、笑顔で応えるのだった。


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