岩鉄山①
「奴らを止めるには絶対倒しておかなければならない相手がいる」
ノアとラナンが協力関係になって3日。
ノアの体はもう痛みはなく、立ち上がって歩く事が出来る様になっていた。
あれだけの傷を負ったのに、ここまで短期間で回復したのは自分の身体に付けられたラナンの血肉の影響だろうとノアは思った。
ラナンは化け物達への策、化け物達を構成する組織体について話し始めた。
「私達…そうだな…便宜上、アッシュとでも呼ぼうか。アッシュは蜂の様な物だと考えてくれ」
「蜂?」
「ああ、お前の村を襲った人型の黒い奴らが働き蜂だ。働き蜂の目的は2つ。命を奪い、命を吸収する事だ」
「命を吸収する…ってどういう事だ?」
「この世の全ての命には生命力といわれる力が宿っている。生命力は生物の心臓部に蓄えられていて、この世界を生きていく為には必要不可能な代物だ。歩く。走る。飛ぶ。泳ぐ。
温める。冷やす。考える。成長する。回復する。
宿す。生まれる。
生物が行うあらゆる行動にはこの生命力が使われている。
心臓を傷つけられた生物が死んでしまうのはその生命力が流れ出てしまうからだ。
そして、その量はより動き、より大きく、より考え、より食べる者に蓄積されている。
つまり…」
ラナンはノアを指差し言った。
「人間が最も多くの生命力を蓄えている」
「…それが奴らが人を襲う理由か」
「その通り。アッシュにとって人間は極上の餌なんだ」
ノアはその言葉に歯を食いしばった。
自分の愛する人達が奴らにとってはただの餌でしかなかった事実に腑が煮えくり、思わず恨み言が口から漏れた。
「クソ化け物どもが…」
「…働き蜂のアッシュが吸収した数多の命、それらはある場所へと集めてられる。それが…女王蜂。私達の全てを生み出す元。私達にとっての母親、母さんだ。それが命を元にアッシュを作り出してる」
「母親…」
「母さんと言っても、別に人格がある存在じゃない。石みたいな物だよ」
「…それが絶対倒さなきゃいけない相手か?」
「ああ、だがそれだけじゃない。他にも倒さなければならない相手がいる」
「誰だ?」
「準王達さ」
「準王?」
「女王蜂がいなくなった群は新たなる女王を選択し、その女王が次世代の群れを作る。これと同じで、仮に私達が母さんを倒したとしても、その準王達が新たにアッシュ達を産み出し続ける。だから先にそいつらを倒さなければならない」
「そいつらの数は?」
「5体」
「5体か…」
「アッシュは女王達と繋がっている。女王達を倒せば、奴らも消滅するだろう」
「消滅って…お前は平気なのか?」
「…言っただろう?私は裏切り物だと?もう既に繋がりなど切れているさ。奴らが死んでも何も影響は無い」
「…そうか」
「準王達を全て倒し、その上で女王を倒す。そうすれば…」
私達の勝利だ。
そう言ってラナンは立ち上がり、服についた埃を叩いた。
ノアも同じ様に立ち上がる。
方針は決まった。
倒さなければならない6体の相手。
女王、並びに準王達。
そいつらを倒す事が出来ればあの忌々しい化け物をこの世から消滅させられる。
つまり…みんなの仇が討てるという事だ。
ノアは決意を固める為に拳を強く握った。
※
ノアは岩窟から外に出た。
日差しの眩しさに目を細める。
木々の葉は大部分が落ちていて、残っている葉は茶色く、吹く風の肌寒さが季節の移り変わりを感じさせた。
肩を動かし、腰を回して軽く飛び跳ねる。
少しなまりを感じるが動けば元に戻るだろう。
ノアは後ろを確認すると、ラナンがゆっくりと歩いてきているのが見えた。
「…奴らを倒しにいく前にやりたい事がある」
「やりたい事?」
「ああ…やらなくちゃいけない事だ」
ノアはペンダントを握りしめながら、ラナンに話しかける。
「王都に行きたいんだ。そして、陛下に化け物…アッシュ達の事を伝えたいんだ」
自警団団長ガンスのペンダントを持って、陛下に謁見し、この国の脅威を伝える。
ノアは兄の最後の言葉、兄が自分に託した行動をしなければならないという思いがあった。
憎しみを捨てて、幸せになる為に生きる。
そんな事はとても出来ない。
ならば、せめてもう一つはやり遂げようと。
「…王に伝える…か。ノア、悪いがそれは叶えられない」
「…何でだよ。この国の危機なんだぞ?それともなにか?こっちの事情なんかどうでもいいって言うのか?」
「違う。そうじゃない。そうじゃないんだノア」
顔を顰めて問い詰めるノアにラナンは力無く首を振るい、沈鬱な顔で答えた。
「王都はもう…落とされたんだ。アッシュに」
「…は?」
ラナンの言葉にノアは呆然とする。
ラナンの言った言葉の意味を頭が受け付けようとしない。
「落とされたって、どういう事だよ?そんな事あるはずが…」
「事実だよ。王都陥落の時、私もその場にいたんだ。私が戦いを挑み、敗れたのがそこだからな」
「そんな…」
残酷な事実がノアの心を締め付ける。
引き攣った口から小さく息が漏れた。
「だから、その願いは叶えてやれない。すまないな」
「………わかった」
「…他に、何かあるか?」
「…もう一つだけある」
「何だ?」
「岩鉄山に行きたいんだ」
「…岩鉄山?」
首を傾げるラナンにノアは説明する。
「僕の村から南西にある鉱石が採掘されている山の事さ。麓には炭鉱夫達の村がある。その村がさ、うちの村と交流をしているんだ。そのおかげで仲が良いんだ。だから…もしかしたら、村の誰かが生きてそこに逃げてるかも知れない。それを確かめておきたいんだ」
ノアはそう言って、指を下ろす。
希望的観測なのはわかっている。
だが、ノアは確認せずにはいられなかった。
友人達が生きている可能性を捨てたくなかったのだ。
「…わかった。ならまずはそこに行く事にしようか」
「いいの?」
「気になるんだろう?なら、行こう。戦いの前の憂いは断つべきだ」
「…ありがとう」
ノアの感謝にラナンは気にするなと軽く首を振った。
「…それじゃあ」
「待て、ノア」
「…何だよ」
行き先が決定し、早速出発しようとしたノアをラナンは呼び止める。
「出発前にやっておきたいことがある…手を出してくれ」
「手を?…これでいい?」
「ああ」
ノアが差し出した手をラナンが握る。
ノアは怪訝そうな顔でラナンを見ていると、ラナンは目を閉じた。
すると…ラナンの身体が一瞬で紅黒い粒子になり、ノアの手の中に吸い込まれた。
「なぁ!?」
あまりの出来事にノアはのけぞる。
驚愕するノアの頭の中から声が響いた。
『ふぅ…どうやら、上手くいったな』
「ラナン!?一体何が!?」
『まぁ、落ち着け。お前の体には私の血肉が入っている事は知っているな?今、やったのはお前の中の血肉に私自身を入れ込んだんだ」
「僕の中に?」
『ああ、お前の体はお前自身の物ではあるが、同時に大量の血肉によって私の物にもなっている。だから、入る事が出来る…と言うわけだ』
「物って…」
『安心しろ。主導権はあくまでお前自身だ。乗っ取りなんてしないし、出来ないさ』
ノアは自分の手の平を見る。
自分の体に自分以外の者がいるという事にどうにも落ち着かない気持ちになる。
「でも、何で急に僕の体に入ったんだ?」
『私は目立つからな。身を隠しておいたほうがいいだろ?それにお前にやると言った力のこともある』
「力…」
『まぁ、すぐにわかるさ…』
ラナンはそう言って口を閉じた。
ノアは前を向いて歩き始めた。
少し歩いて分かったが、自分がいた岩窟は村の西側、そこから少し離れた場所だったようだ。
山道を登って行く。
枯れ葉がパリパリと音を立てて、踏まれていく。
視座が上に上に上がって行くにつれて、周りの景色がよく見える。
ノアは東の方向に視線を向けた。
眼下に焼けこげた家々が見える。
ゴフェル村…だった物の残骸。
ほんの少し前まで、皆が笑い合っていた風景があったはずなのに、今…そこには誰もいない。
その現実が酷く、胸が苦しめ、足が止まりそうになる。
だがノアは視線を前に向け直し、歩く。
ここで止まってしまえば、あの風景を見続ければ、きっと自分は歩けなくなってしまうだろう。
そういった確信がノアにはあった。
『ノア、止まれ』
「ラナン?どうした」
『姿勢を低くしろ』
村の残骸が遠くに見える距離まで来た頃、ノアはラナンに呼び止められた。
ノアはラナンの言う通り屈むと、ラナンは更に目の前の小さな丘の上から下を見るようにノアにいった。
ノアは丘の上に登り、下を見る。
するとそこには…奴らがいた。
「…!!」
ノアは目を見開く。
間違い無い。
見間違うはずもない。
自らの村を焼いた諸悪の根源。
黒色の怪物、アッシュ。
それらが眼下で闊歩していた。
ノアの胸中に怒りが湧き上がる。
その怒りのまま、アッシュに襲い掛かろうと立ち上がりかけた…が、ラナンがそれを制止する。
『やめろ、ノア』
「何だ!止めるなよ!みんなの仇なんだぞ!?今すぐぶっ殺してやる…!」
『勇ましいのは結構だが、このままやっても勝ち目は無いぞ?奴らは斬っても殴っても穿っても立ち上がってくる。傷を治して、何度でも』
「ならどうしろっていうんだよ!?」
『まずは深呼吸だ。そして、目を閉じろ』
「はぁ!?」
『いいから…倒したいんだろ?奴らを…ならいう通りにしてみろ』
ノアは不承不承ながら、言われた通り深呼吸をし、目を閉じた。
ラナンはノアに語りかける。
『いいか?重要なのはイメージだ。アッシュ達を倒す武器。それを明確に想像しろ』
「武器…」
『そうだ武器だ。それはお前の手に握られている。自分の馴染みのある形で。自身の最良の形でな』
「僕のよく知る武器…」
ラナンの言葉にノアは意識を集中させていく。
すると、ノアの右手に強い熱が宿った。
ノアは驚き、目を開く。
右手を見ると、紅い粒子が右手から溢れ、それらは固まり、ある一つの形へと変化した。
それは黒い剣であった。
「これは…」
『それが、力さ。その剣がアッシュを倒せる唯一の武器だ』
ノアは剣を軽く振る。
重さ、長さともに丁度いい。
まるで自分の為にあつらえたかの様な代物だとノアは思いかけ、イメージで作り出した物だから当然かと納得した。
『後は奴らの倒し方だな。奴らを目を凝らしてよく見てみろ』
ラナンの指示に従ってノアはアッシュ達を凝視した。
瞳に熱が流れ込んでくる。
すると、アッシュの黒色の体の中心部、胸の奥に光の塊の様なものが見えた。
「あれは…光?」
『見えたな?それが奴らの弱点だ。そこをその武器で撃つことが出来れば、不死身の奴らも倒せるぞ』
その言葉にノアは立ち上がり、丘から飛び降りた。
アッシュ達はノアの着地点に一斉に振り向く。
そして、ノアに気付くと襲いかかってきた。
ノアの1番近くにいた個体が黒棒を振り上げる。
「シッ!」
ノアは大振りに振ってきたその攻撃に合わせ、カウンターで袈裟斬りにした。
斬られたアッシュは体を蠢かせ、崩壊させながら、倒れた。
黒い破片と灰が辺りに飛び散り、消えていく。
「本当だ。倒せる…!」
『だろう?そら、次が来るぞ』
「■■■■」
「■■■」「■■■■■」
「■■■■」
アッシュ達がノアに群がり襲いかかる。
頭一つ高い体でノアを囲み、その命を奪おうと黒棒を振り当てようとする。
だが、その緩慢な動きではノアを捉えることは出来ない。
穿ち、横薙ぎ、背面斬り。
胸部の光を狙って撃ち出された攻撃は次々にアッシュ達を捉え、体をバラバラに弾けさせる。
最後の一体を唐竹で真っ二つにしたノアは姿勢を正すと軽く剣を振った。
すると突然、胸に強烈な熱を感じた。
思わず手で掴み押さえ、呻く。
「ぐっ…何だ、今のは?」
『吸収したのさ。奴らの持っている生命力を』
痛みこそ無かったが、突如発生した現象に困惑しているとラナンが口を開いた。
『アッシュ達は生命力だけで動いている塵の塊の様な物だ。だからその剣を触媒として奴らの核たる生命力を奪ったんだ。その結果として奴らは霧散し、吸収された生命力はお前の心臓に蓄えられた。
さっきお前が感じた熱はそれだよ』
「…」
『これが、約束した力さ。どうだ?奴らを倒した感想は?少しは恨みは晴れたか?」
「……晴れるわけないだろう!」
ラナンの言葉にノアは怒る。
この程度で終わる訳が無い。
奴らを倒し尽くすまで自分の戦いは終わらないとノアは強く思っていた。
『それは結構。それじゃあ進もう。まだ先は長いんだろう?』
「…」
ノアは移動を再開する。
移動の最中、剣を入れる鞘がない事に気づき、ラナンに相談すると必要ないと返答された。
剣は作った時とは逆のイメージを持てば消えるし、出したかったらまた想像すれば良いとラナンは言う。
ノアは消えるイメージをすると、手に握られていた剣は崩れる様に消えた。
その後、歩き続けていると視界が開け、沢に着いた。
滝が奥に流れるその沢は切り立った崖に挟まれていて、底まではかなりの深さがある。
渡る為にかけられた橋がある事をノアは知っており、それを使い、岩鉄山へ行こうと考えていた。
だが…
「橋が無い…落ちてる!?」
2本の木で出来た主柱に繋がれた主索はすっぱり断たれていて、向こう岸の崖には千切れ壊れた踏み板とロープが力無く垂れ下がっていた。
ノアは千切れた箇所を確認した。
そこは鋭い刃物を当てられたような綺麗な切り口で、人為的な行動の結果だとノアは直感した。
恐らくはアッシュ達から逃れる為に落としたのだろう。
ノアは村の誰かが生きている可能性が上がった事に安堵する。
だが不可解な点がある。
なぜ村の方の主柱から橋を落としたのだろうか?
渡った後、向こう岸から落とすのが正しいのではないか?
一体、何があったのか?
ノアは考えたが、結局は分からず、向こう岸に渡る別の道を探そうと動き出したが、ラナンがそれに待ったをかけた。
『ノア、どこに行くんだ?』
「別の道を探す。橋が使えない以上、回り道するしかないだろ?」
『それなら心配ない。この程度の崖、お前から飛び越えられる』
「はぁ?何言ってるんだよ?そんなの無理に決まってるだろ」
『さっき、アッシュ達の生命力を吸収しただろう?それをお前の身体能力に回せばいいんだ』
ラナンがそういうとノアの胸から熱が溢れた。
その熱は全身を周り、特に足に集中していく。
今までにない力が全身に漲るのをノアは感じ、驚く。
『さ、飛んでみな』
「……」
『大丈夫、やれるさ』
ラナンに後押しされ、ノアは崖から距離を取ると、走り出した。
ぐんぐんと加速し、崖側から思い切り踏み込み、飛ぶ。
空中に投げ出されたノアの身体は大きくアーチを描き、向こう岸に砂埃を上げながら着地する。
「…跳べた」
『ほら?言っただろう?』
「まさか本当に跳べるなんて…」
『今はまだこの程度だが、生命力がもっと集まればより多くのことができる様になる。準王達を倒すのにも生命力集めは必須だからな。覚えておいてくれ』
「わかった」
ノアは進む。
炭鉱村を目指して。
山を3つほど超えた辺りで近くにあった洞穴で一夜を明かした。
次の日もまた、同じ様に山を超え、夜を明かす。
道を進むにつれ、岩肌を見る機会が増えていく。
岩壁に開いた洞窟の中を入った。
薄暗がりの中でコウモリ達の眼が爛々と光り、ノアの頭上を飛んでいく。
洞窟を抜けると、眼下に幾つかの白い煙を上げる村が見えた。
岩鉄山の炭鉱村。
ノアは目的地にたどり着いた。
足ばやに坂を下り村を目指す。
ノアの胸中は期待と不安で埋め尽くされていた。
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