第77話 今、会いに行きます
閻魔王を必死に追いかけて館内を走る。
廊下では一体何事かと、普段は沈着冷静な役人たちも怪訝な顔で立ち止まったり、不安そうに話し合ったりしていた。
建物を出たところには、何となく見覚えのある火車が一台停まっていた。器物だからよく分からないがおろおろしているらしい。
「あの、もしかしてあなたはあのときの火車さん?」
「あああああ、忠子様ぁあああ……はいぃ……閻魔王様が、
諦聴とは地蔵菩薩の乗り物とされる霊獣だ。
角のある獅子の姿をしている。中国の霊獣だから獅子と言ってもライオンではなく、狛犬に角が生えたような感じだ。
「何かあったと言うか、これから起こるって言うか……」
ここはひとつ、篁の行っておいでという言葉を拡大解釈することにする。
「篁様から、ことの顛末を見届けるよう言われました! 閻魔王様の行先は泰山庁です。追ってください!」
「かしこまりましたああああ~……」
言葉はのんびりしているが、行動は素早い。
言い終わらないうちに簾は上げられ、忠子を車内に納めると火車は颯爽と空へと舞い上がった。
* * *
「た、泰山王様! お逃げくださいっ!」
息を切らせて飛び込んできた小鬼役人の姿に、執務中だった泰山王は落ち着き払って顔だけ上げた。
「騒がしいのう。この地獄で、我が逃げねばならぬことなどない。一体何があったのじゃ」
「ててて、敵襲? 敵? とにかく襲撃でございます! カチコミにございます!」
泰山王は袖を持ち上げて艶やかに笑う。
「それこそあり得ぬことを。この地獄で我をどうこうできるわけがない。そんなことができるのは同じ十王ぐらいのものじゃ」
「そのまさかでございます!」
「……は?」
さすがに口元を覆ったまま動きが止まった。
「閻魔王様、諦聴を駆ってこちらへ全速力で爆走してこられます! 訪問の予定も先触れも一切なし、ご用向きを伺おうとした獄卒はことごとく一蹴され、直線距離にて接近中!」
「なんじゃと?!」
泰山王は思わず立ち上がった。
「ですから、一旦身をお隠しに……」
「いくら閻魔王とは言え、大焦熱山脈を突っ切るなど無事で済むはずがないではないか!」
「は……?」
諦聴は確かに霊獣だが、泰山庁と閻魔庁の間には大焦熱地獄が広がっている。
炎の力で皮膚ばかりか肉まで剥がれるという強烈な獄炎が山脈となって連なる地獄の難所だ。
霊獣と閻魔王なら焼け死ぬことはないだろうが、タダで済むはずもない。
「一体なぜ、そのような無茶を……!」
「泰山王!!」
バターン!
扉が開かれる……いや、蹴倒される轟音とともに、焦げ臭い匂いが部屋を満たした。
入口に閻魔王が仁王立ちをしている。
間違いなく獄炎を突っ切ってきた証拠に、頬には煤が付いて汚れ、髪や衣も焦げている。
それどころかところどころがチロチロと燃えていて、まるで鬼火を纏っているよう。
とにかく全身から凄まじい鬼気が迸っていた。
「ひいいいっ!」
そのあまりの気魄たるや、一目散に逃げ出してしまった小鬼を誰も責められはしないだろう。
しかし泰山王は一瞬で青ざめはしたが、気圧されはしなかった。
「早う火を消さねば! 誰ぞ水を持て!」
それどころか叫びながら泰山王自ら傍らの水差しを取り、閻魔王のもとへと駆け寄ったのだ。
カシャーン……
透明な音を立てて、
薄い青色の欠片と透明な水滴は一瞬だけ中空を煌めきで彩った後、床に広がった。
「え……?」
泰山王の細い体は、閻魔王の逞しい胸にしっかりと抱きしめられていた。
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