第66話 廃墟凸の後始末
こうして、廃墟凸は終わった。
小福はお札をくっつけられたまま陰陽寮に引き渡された。
数日後、除霊が済んだという連絡を受けて飛香舎から陰陽寮へと向かう。
(
思い起こされるのはスーパーマイペースな見知らぬ人物(?)のことだ。
* * *
転移の術を使った道摩が花蛇を回収して退場した後、見知らぬ貴公子はやおら忠子の前で跪き、キメ顔でその手を取ったのだ。
「無事で良かった、美しい人」
完璧なまでに優雅な王子様仕草に、忠子どころか男衆まであっけに取られる。
しかし先ほどまでのガラの悪さを目の当たりにしているものだから、胡散臭いことこの上ない。
「あっ、あっ、あっ、あの、ありがとうございます……あ、あなたは……?」
「名乗るほどの者でもあらへん。どうしても知りたいとおっしゃるならあなたのお名前を」
「はっ! はい、失礼しましたっ! わ、私、
「忠子ちゃんかぁ……」
ぞくりと背筋が震えた。
ほんの薄く微笑んだだけ、しかも態度は友好的なのに花蛇よりずっと危険な気配がした。
桁外れの霊力に圧倒されたとでもいうものだろうか。
触れてはいけないものに対する本能的な畏怖とでもいうべき感覚だった。
何かは分からないが、何か取り返しのつかないことをしでかした。そんな確信が忠子の胸を一杯に満たしたのだ。
(この人、人間じゃない!)
歴戦の術師である兼続が驚愕するレベルの雷撃を立て続けに放ち、大柄で太目の道摩を片手で持ち上げ、手首の返しだけで放り投げられる人間などいるはずがなかった。
忠子が自分の正体を看破したのを察し、壬治は猫撫で声で続ける。
「忠子ちゃんは賢いなぁ。俺はあいつらと違うて紳士やから、恐がらんでもええよ。今日のところはこれでお暇いたしましょ」
ごく自然な動作で忠子の指先へと口づけ衣擦れの音すらさせずに立ち上がる。
「俺の名は壬治や。覚えといてな」
「ちょ、ちょっと!」
初めに気を取り直したのは
直衣の袖をひらめかせて踵を返し、庭へと降りようとした壬治を追おうとするが彼が身を翻す方が速かった。
「えっ?!」
確かに池へと身を躍らせたはずなのに、水面には乱れひとつない。
振り続ける雨が刻む小さな波紋が無数に落ちるだけだった。
術で忠子をはぐれさせたのは、道摩という巷では有名な左道使いだそうだ。
花蛇が忠子を連れ去った後、護摩壇を片付けて退散しようとしたところへ間一髪で理知たちが踏み込んだ。
「捕まるわけにゃあいかねえのよ」
不敵に笑った瞬間、護摩壇の炎が部屋中に燃え広がったのだ。
「カアカア!(落ち着いて、幻術だよ!)」
「分かってるっス! 分かってても熱いィイイ!」
優れた幻術は炎の熱や煙さえ再現する。
熱さと煙の息苦しさで進むどころか逃げなければ意識も危ういところに乱入したのが壬治だったという。
炎の海を物ともせずに道摩を捕まえ、目にもとまらぬ早業で極め技をかけた。
「キリキリ吐けやあ、あの子どこやったァアアア?!」
「ぎゃああああ、お、折れる折れる!」
最短で情報を吐かせた手腕には理知も感心していた。
「拷問は野蛮だケド、使いどころ次第だよね。僕はこの先、適度な暴力を否定しないことにした」
なお使用されたのはあばら折り、後世でコブラツイストと呼ばれる極め技である。
花蛇が向かった館の位置を聞き出すや道摩法師の首根っこを掴んで縁側から庭へ飛び出し、慌てて理知たちが追ったときはもう姿が見えなかった。
後は忠子も見た通りである。
* * *
(本当に、何から何まで謎の人だなあ……人じゃないか)
壬治は垣間見せた不思議以上に、纏う空気が人ではなかった。いつか見た賤し鬼のように、禍々しい気配はしなかったけれど。
(でも、あれは人類が関わっちゃいけないものだ)
だけど、また会うことになる。
そんな想いを胸に、忠子は陰陽寮へ入った。
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