第52話 幼馴染みから彼女にクラスチェンジ? いきなりキスは早すぎない?!

本殿から階段を降りた先の広場には売店や休憩所があり、お詣りを済ませた人で混雑している。

臨時のテントで配る甘酒かお汁粉をもらい、参拝客が上ってくる参道をスルーして脇道から降りるのが本当の地元民だ。


初詣の喧騒を遠くに聞きながら、麓の公園をのんびりと通り抜ける。


「忠子、こっち」

「えっ?」


不意に手を取られて軽く引っ張られた脇を、結構なスピードで自転車が追い越して行った。


「危ないよね」


遠ざかる自転車を睨んで非難する理知たかちかだが、再びのんびり歩き出しても用が済んだはずの手は握られたままだった。


(え? え? え? どどどうしよう、このまんまなの? 手繋ぐのとかいつ振り?!)


手袋をしていて良かった。直接手が触れていたら真っ赤になってしまっていたかもしれない。


(手……大きいな、やっぱり)


無意識で手の甲に浮き出た大きな関節を親指の先で撫でていると、頭の上の方からポツリと声が降ってきた。


「今年はそろそろどうなの?」

「そろそろって、何?」


横を見上げると、最後に手を繋いだときより随分遠くにある横顔が目に入った。

さっき甘党の理知にしては珍しく甘酒をもらったせいか、頬が少し赤らんでいるように見える。

理知は真っ直ぐ前を向いたまま、再びゆっくり唇を開いた。



「……僕の彼女になりませんか、って言ってるんだケド」



時間も呼吸も、歩みも止まってしまった。

一拍置いて時間が動き出し、頭のてっぺんまで真っ赤になる。元々穏やかで温かい日だったが、風が吹くと僅かに感じていた寒さも吹っ飛んだ。


「……ぅええええええ?!」

「そんな驚くようなこと?」


雄叫びのような驚愕の声に、一緒に立ち止まった理知も盛大に渋い顔をする。


「な、な、な、なんで突然?」

「あー……まあ、気づいてなかったよね、うん」


今度は犬と一緒にジョギングをしている人が通りすぎ、理知に手を引かれるまま公園の休憩所へと足を向けた。


(……ええと、わ、私告白されたんだよね? な、なのに連行気分なのはなんで?!)


しっかりと手を握ったまま肩を怒らせて先を行く理知の背中から、無言の迫力が発せられているからに他ならない。

風を遮れるガゼボでベンチに座らされ、自販機で買ってきたココアの紙コップを手渡される。


形だけ見れば彼女(候補)への優しい気づかいだが、高めの腰壁があるガゼボは小学校低学年まではドロケイの刑務所として使っていたところだし、缶ならともかく紙コップの飲み物を手にしていては身動きは難しい。


(動きを封じられた……逃がす気ゼロの理知だ)


そもそもスポーツ万能の180センチ超え運動部所属の男子と、体育の授業でしか体を動かしていないヲタク女子では勝負にならないが。


理知は近くの壁に寄りかかり、コンポタのカップを傾けている。


「……君が編み物なんか始めて、今年のクリプレはこれかなって思ってたんだよね。そしたらネイルケアセットとブランド物のハンドクリームだったデショ」

「あ、うん。だって指先バキバキだったから」


いつもは朝練で登校が一緒になることはないが、テスト前は別だ。同じ電車に乗ることになる。

通学ラッシュの電車の中でたまたま目の前に理知の手が来たとき、指先はひび割れていたし爪も傷んでいた。

だからネイルの保湿もできるハンドクリームと、それだけでは味気なかったから長持ちしそうなネイルケアセットをプレゼントしたのだ。


「もらった次の日から使っててとても具合いいよ。身近だから今必要なものが一発で分かるの強いよね」


ちゃんと手入れされて瑞々しさを取り戻した手が、空になったカップを握りつぶす。

何となく無言の気合いを感じるのは多分気のせいじゃない。


「そうじゃなくて! できあがっても自分で使ってる様子ないし、同性の友達へのプレゼントにしたって女子の好きそうな色じゃなかったよね。第一手作りのものなんかもらったって困るだけだし。君、そういうの人一倍気にする方デショ」

「まあ……そうだよね。手編みのプレゼントなんて既にフィクションの中でも見ないよ」

「オタク業界じゃ全然ありってわけでもないんだ」

「ハンクラ界隈の人は知らないけど、ないよ。平成初期のギャルゲーで家庭的な女の子からのプレゼントであったりするぐらい」


温かいうちにと飲み干してしまった紙コップを横から理知の手が攫い、自分のものとまとめてゴミ箱へと片付ける。


「じゃああれは何、僕じゃない男のためにあんな細かい作業してたわけ? 休み時間も? 夜遅くまで電気ついてたし……」


確かに理知じゃない男のために編んでました。二次元の存在ですが。

実際にプレゼントする放映回に間に合わせたかったし、Twitterに経過写真を載せていたから綺麗な編み目にしたかったしで寸暇を惜しんで必死で編んだ。


「誰にだよって腹が立った」


戻ってきた理知はまた壁に寄りかかるでもベンチに座るでもなく、忠子の前に片膝をついてしゃがんだ。


(ひいいいい?! 何この王子様ムーブ!)


小さい頃、転んで膝をすりむいたときにこうして手当をしてもらった覚えはあるが、16歳にもなってやられると居たたまれない迫力がある。

それどころか左手を取られ、両手で包み込まれてしまった。

完全にプリンセス扱いだ。


「今日、子供の頃みたいに手を繋いでみて前と違ってたら言おうと思ってた。……やっぱり全然違ってる。忠子はどう?」


沸騰寸前で湯気を吹きそうなほど真っ赤になった顔をじっくり観察しながら言うのは狡いと思う。

いつもなら意地悪そうにニヤニヤする場面なのに、真摯に真っ直ぐ見つめてくるのはもっと狡いと思う。だって顔がいい。

その端正な顔も薄っすらと赤らんでいるのだから、破壊力抜群だ。


目の奥が熱いのは一気に湧き上がってきた感情を処理しきれないからで、その中で一番多いのは喜びだ。

嬉しいけれど、忠子には素直にそうとは言えない理由が多すぎた。


「ま、待って、わ、わ、私と理知じゃ釣り合わないよ」

「嫌なの?」


たまらなくなって視線を逸らしてしまい、俯いて首を左右に振る。


「嫌じゃないよ。嫌じゃない。ドン臭くて、ヲタクで、可愛くもない私と、呆れずに友達でいてくれてありがたいと思ってる。本当は、ウザがられてるんじゃないか、私邪魔なんじゃないかってずっと思ってて……」

「この僕が、ウザがってる相手と一緒に登下校したり初詣に来たりするとでも?」


忠子はもう一度首を横に振る羽目になった。


「でも……私は幼馴染み補正あるし、あからさまに邪険にしたりするとおばさんや真理まさみちくんに何か言われるのかなって……」

「母親も兄貴もそこまで干渉しないって」

「だ、だよね……でも……」

「まだ、何か?」


言葉は詰問調だが、理知の口調にはとことん聞くという意気込みがあった。


「私、評判悪いんだよ。デブスのくせにハイスペック男子につきまとってウザいって。私なんかと付き合って、理知まで悪く言われちゃったら……」

「そのハイスぺ男子って僕デショ? 迷惑がってないんだからつきまとってるって言い方は正しくない」


きっぱり言い切った理知の目に剣呑な光が宿った。嫉妬だ。


「……それとも僕じゃない奴にも尻尾振ってるの? ……まあ君は基本誰にでも愛想いいよね。オドオドしてるくせに誰とでもすぐ打ち解けるから、男の方はこいつ俺のこと好きなんじゃって都合のいい誤解を……」

「ない! ないから! 私は理知一筋だよ! あっ……」


段々と温度が下がって不穏になっていく呟きを止めようと焦ったら、つい本音が零れてしまった。

口を滑らせたのに気づいてももう遅い。理知は会心の笑みだった。


「いやあ、良かった。さすがに性格が悪すぎて彼氏としては無理とか今更男として見られないとか言われたら一旦は引き下がるつもりだったケド」

「……い、一旦なんだ……」


理知が不敵に微笑う。

異性として見られないなどと思ったことはないが、幼馴染みが知らないうちに思っていたよりずっと“男”になっていたと思い知らされる、危険な匂いのする表情だった。


「僕がしつこいの知ってるデショ」


(私、もしかしてとんでもない人に捕まったのかもしれない……?)


「観念してよね。僕のことを嫌いって言えない時点で、撃退する手段はないんだから」


(惚れた弱みっていうことなんですかあああああ)


「忠子」

「はえ?」


ぐるぐるしているうちに再び聞こえた声はすぐそばで、さっきまで自分より低い位置にあった頭がほとんど同じ高さになっているのを知る。

片手は逃がさないと言うように忠子の手を握ったまま、逆の手が頬を包み込んでいた。


「た、理知、ち、近い! 近いですぅうう! なんで、えええええ?!」

「……、言わないと分かんない?」


言われなくても分かる。これはキスする流れだ。


(付き合いたてで? 幼馴染みから彼女にクラスチェンジしたその瞬間に? 結婚式の誓いのキスじゃあるまいし、理知がこんなに積極的だとか聞いてない!)


「これぐらいしないと付き合ったって自覚しないじゃん」


脳内の叫びは顔面から駄々漏れらしい。


余りのドアップに耐え切れなくてギュッと目を閉じる。これぐらいの至近距離なら目をつぶっていても吐息と体温で近づいてくるのが分かるのだと初めて知った。


(ファーストキスだ……)



 * * *



目を開けると板張りの天井がはるか遠くに見えた。


「ゆ、夢……」


数秒はどこにいるか分からなかった。仰向けになったまま首を左右に巡らせて、自分の房だと認識する。

文車太夫である伴忠子の寝所だった。


状況を確認したら、羞恥心が津波となって押し寄せてきた。


(ひいいいいいい、夢とは言え図々しすぎる! 願望丸出しじゃん! 理知ごめん、超ごめん! おんなにだけ都合がいいティーンズラブの世界に出演させてごめんねえええええ!)


夜着を頭から被って悶絶する。


(だ、大丈夫! 夢って起きた直後は覚えててもすぐ忘れるから! 忘れよう、寝直して忘れよう! いい夢だったけど本人前に覚えてるには罪悪感が酷すぎる!)


今のは前世の夢ではない。


覚えていないが違う名前だったし、イケメンの幼馴染みもいなかった。

だから本当に願望がそのまま夢になってしまったと羞恥に転げ回った忠子だったが、千年時代が違えば夢に対する常識も違う。


科学が進めば夢は眠っている本人の脳の働きによるものと分析されるが、今、忠子の生きている時代ではそうではない。


人の気持ちが彷徨い出して、想う人の眠りの中へと忍んでいくのだ。


後に平安時代と呼ばれる現在、夢の真実は未来の科学に準じるのか、今を生きる人々の信じる通説によるのか。


それは誰にも分からないのである。




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前後編で終わらそうと思ったらちくと長くなってしまったとです。

書いてる方は意外と楽しかった現パロ編、終了です。


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