邪悪なイケメン再び! 眼鏡巨乳萌え竜乱入! 忠子を巡る男たち

第53話 猫は化けると言うけれど

賀茂祭が終わると梅雨がやって来る。


(そこまで気温は高くないけど、この着物は蒸す……体に悪い……)


実家あたりでは薄物で過ごしていたが、健康より格式を重んじる宮中だ。皆、辛そうにしながらもいつもの女房装束で過ごしている。


「大分バテてるみたいだね」


さほど気の毒そうにでもなくサラリと言う理知たかちかの装束が羨ましい。男物だって着込んではいるが、女物とは雲泥の差だ。


(ああ、木綿のTシャツにショートパンツでいられた前世が懐かしい……)


忠子だけでなく、飛香舎ひぎょうしゃ全体が気怠げな雰囲気に包まれている。


「……でも、ちょっと尋常じゃなくない? 織子様さえ大人しいんだケド」

「あーうん、寝不足気味なんだよね……悪い夢見てる人もいるし」


理知の眉が片方跳ね上がった。悪夢はこの時代、物の怪に憑かれていたり呪詛されていたりと、かなり良くない兆候だ。


「陰陽寮に見てもらった方が良くない?」

「あ、いいのいいの。原因は分かってるから」


「に゛ゃぅお゛ぉぉぉん……」


御簾の奥から猫の鳴き声がした。続いてちやほやとあやす声も。


「何、あの甘ったれた鳴き方……」


猫は特に好きでもないが嫌っているわけでもない理知が盛大に顔をしかめるのも無理はない。忠子が聞いてもちょっと鳥肌が立つ。


「あんな不気味な声で鳴く猫だったっけ?」

「最近急にああなったんだよね。恋の季節なのかも」


発情期という単語は出さずにおいた。女性がそういうことをあからさまに言うのはタブーだ。


「だからなのかな、凄く甘えてくるんだよね。寒いとき以外は自分の寝床で寝てたのに、毎日誰かの夜着ふとんに潜り込むの。胸の上に乗ったりするからよく眠れなくて」

「大丈夫なの?」

「毎晩同じ人のところに行ってるわけじゃないから平気だよ。その辺りは分かってるのかな、賢い子だから」

「ふうん……」

「ああら、理知様ではございませんの」


その噂の小福を抱いて刺々しい声とともにねこま御前が登場した。

忠子と理知が話していると大体乱入してくる。理知も慣れたもので満面の笑みで迎撃するのが常だ。


「これはこれはねこま御前様。美しい花には棘があるという言葉がありますケド、今日も相変わらずですね。花を通り越してガンガゼのようだ」


長いものでは30cmに達する棘を持つウニだ。有毒。


「まあまあ理知様こそ、笑顔と外面の見事さは腹黒さを覆い隠して余りありますわねぇ?」

「アハハ」

「ホホホ」

「ふんすっ!」


今日は最後に盛大に鼻を鳴らす音がねこま御前に加勢した。


「あらあら、小福様には性根の良し悪しが分かるのかしらね」

「だったらあなたの腕に抱かれてはいないと思いますが?」

「面白いことをおっしゃいますね」

「そうですか? 嬉しいなあ。周囲からは有情滑稽ゆーもあがないと言われがちなんですけどねえ」

「ホホホ」

「アハハ」


今度はまったくその通りと言うような猫の鼻息はなかった。

元からある程度は空気を読む猫だとは思っていたが、最近は本当に言葉が分かっているような素振りも見せたりする。


ふと好奇心が湧いて、隣に座ってしまったねこま御前の膝に乗っている小福をさり気なく撫でて尻尾を確かめてみた。


「どうなさいましたの?」

「猫は年を取ると尻尾の先が二又に分かれて化けるというので」

「まあっ♡ いつもながら博識ですことっ♡」


ねこま御前は赤らんだ頬を両手で覆ってうっとりするが、尻尾を触られるのを嫌がった小福はひょいと膝から下りて女房たちの集まる座敷の方へと行ってしまった。


「でも小福様は三歳か四歳ですわ。化けるには早いんじゃありませんこと?」

「そう……ですよね……」


だが最近の小福はどうにも猫っぽくない。



「ああん、もう、小福様ったら。そのようなところに潜り込もうとしてはいけませんよ」

「どうして最近、しきりに襟元を引っ張ったり咥えたりするのかしら。はだけてしまうわ」

「暑いのに着物を着ているのが不思議なのかもしれませんわね」

「やっぱり賢い猫なのね」


几帳の向こうから、小福を構うきゃあきゃあという華やかな声が聞こえている。




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宮中に戻って通常連載再開です。今年もなるべく日刊目指して頑張るとです。

引き続きよろしくお願いします。


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