第20話 歌会の席で鬼を見るのこと

今宵は管弦の宴なり。


内裏の庭園に宴席が設けられている。

庭の真ん中にある池には船が何艘も出ていて、乗っている楽師たちが雅楽を演奏していた。

池のほとりのあちこちに四阿あずまやがあったり縁台が並べられたりして、酒や料理が振る舞われている。


忠子たちは女御のお供ということで、一際眺めのいい場所に作られた観覧席の御簾越しに歌や踊りを鑑賞させていただいていた。


しかし中宮候補である飛香舎ひぎょうしゃの女御に挨拶に来る人がひっきりなしで、のんびり眺めている余裕などない。


(徳子様、あんなに船上の舞を楽しみにされてたのに……)


大部分の貴族は宴会を楽しむのが主目的ではなく、顔繋ぎだの敵情視察だのに来てるわけだから、これも妃の公務と一人ずつ細やかに対応している。


明式部あけのしきぶや織子は政界に顔も利くから一緒に社交をしているが、その間忠子のような身分の低い女房は手持ち無沙汰だ。


親しい友達やいい人がいる女房たちはこっそり抜け出すのも黙認されている。

忠子も少しだけ徳子の側を離れ、御簾の隅の目立たないところから外を覗いてみた。


「勿体ないなあ、こんなに素敵なのに……」


花で飾られた船が舞師や楽師を乗せ、優雅な音曲を奏でながらすれ違う宴などちょっと前まで想像もつかなかった、夢のような光景だ。

少し冷えてきたからか、船から湯でも撒いているのか、水面には水蒸気が立ち込めてて雲の上を走っているようだ。


歌舞音曲に誘われた天女が空から舞い降りてきて、船の周りを飛び交っているのまで見えるような気がしてきた。


「うわ、貴照様……」

「来たわね」


織子と明式部が上げた警戒の声に振り向くと、今度は貴照の挨拶の番だった。視線で促され、徳子の側に侍る。


「これはこれは徳子様におかれましてはご機嫌麗しゅう、お目通りかないまして恐悦至極にございます。飛香舎には何度か出向いたものの門前払いをされておりまして」


いかにも恨めしそうに当てつけるが、当たり前に出禁になってないと思える神経は凄い。


「さて本日は他でもおじゃりません。先日の件につきまして、お互い誤解のある様子。文だけでは新たな齟齬が生じかねず、そうなっては切なさはいや増すばかりと、こうしてまかり越した次第にございまする。人が分かり合えぬのは悲しいことにございますからなあ」


「自分がやらかした物証を意地でも残したくないだけじゃないの」


心底軽蔑した様子で突っ込む織子を徳子が目で制する。

気まずい沈黙の中で、貴照は朗々と和歌を一首詠み上げた。


歌意はと言えばこのような美しい宴の席、過去の遺恨は水に流せば音楽と一緒に天に昇っていくでしょうというものだ。


やはり素養のある人らしく、巧みで風流な歌だ。結局センスが未来人の忠子からすればここまで素敵な語感は出せない。そこは素直に感心してしまった。


忠子はあっさり騙されそうになったが、ここには本物の平安お嬢様である織子と、見識の豊かさでは女房一と名高い明式部がいる。


「内容が最悪。水に流しましょうって言ってるだけで結局のところ謝る気一切ないじゃない、不可よ不可。妙に技巧がある分鼻につくわ」

「歌自体は巧いのですよね、上中下で言えばギリギリでも必ず上に入る程度には」


いつの間にか騒がしかった周囲は微妙に静かになっている。

貴照は自分の和歌と声に聞き惚れているのだとドヤ顔だが、そんなことはない。皆、近頃の噂の真相を知りたくて聞き耳を立てているのだ。


今の和歌を書き付けられた短冊と、アイテムボックス雅な文箱に収められた付け届けが差し出される。


文車太夫ふぐるまたゆう


ここらが落としどころと徳子に促され、忠子が受け取り役を仰せつかった。御簾の手前まで進み出て貴照と向かい合う。今日は外だからまだいいが、相変わらず凄い匂いだ。


「ねえ文車太夫? 私は罪なことなどいたしませんでしたよねえ?」

「はい」


怖くはあったが、忠子もここが正念場と貴照の視線を真正面から受け止めた。


(有耶無耶にはさせない)


放火は無実だが、強姦未遂は真実だ。


「ええ。付け火未遂の事実などは絶対一切ありませんわ」


(このアマぁあああああああ!!!!!!!!!)


「つっ……!」


その瞬間、貴照から生じた風――とも思えるような、質量すら伴う圧力のようなもので目眩を起こした。


(ニュータイプが感じるプレッシャーってきっとこういうのだ!)


「ひっ!?」


頭を振って貴照を見直し、忠子は思わず顔を引きつらせ息を飲んだ。

その肩に手のひらサイズの餓鬼みたいのがくっついているのだ。


(貴照、許せないよなあ? 謝ってやったってのにこの言い草はないよなあ? こんな奴がお前に頭を下げさせるなんてあってはならねえよなあ?)

(ああそうだ許さない許さない許さない許さない許さない許さないこのクズブス取るに足らない下女の分際で物事の道理も分かっていない癖にお前なんか俺の思い通りになってりゃいいんだよいい気になりやがって死ね死ねシネ)


小鬼は青年貴族の耳に囁き、続いて聞こえてくるのは貴照の声だが喋り続けているのは小鬼の方だ。

まあ鬼みたいな形相で睨みつけてはくれたが。


アイテムボックスを受け取れず固まっている忠子に気づいたか、小鬼の首がぐるんと回ってこちらを向く。


明らかに目が合った。


(お前ェ……見えてるな?)


「ひいっ!」


思わず飛び退って座ったまま腰を抜かし、調度にぶつかって高い音が響いた。音の大きさで皆が一斉にこちらを向き、小鬼は貴照の背中に引っ込んでしまった。


「忠子?!」


助け舟を出そうとする織子を、明式部が片手で制す。


手の震えが止まらない。でもこの受け渡しは忠子が徳子に任された場面だ。おしまいまでやり遂げなければと気力を奮い立たせて座り直す。


「しっ……失礼いたしました」


咄嗟に厄落としの古歌を口ずさんではみたけれど、声も震えまくっていてお茶を濁すどころじゃなかった。


(大丈夫か? あれ相手は文車太夫だろ?)

(お可哀想に、お声があんなに震えて)

(付け火はなかったにしたって、あれだけ怯えるということは……)

(何かしらの酷いことはされたのよね、お気の毒に)

(いい度胸だよなあ、落ち目の癖に女御の女房に無礼を働くとかさあ)

(でもああして手打ちにされてるわけだから、これ以上この話はしないことにしよう)

(ああ、それが飛香舎の女御のお心だろうしな)


ガクブルする忠子とは対照的に貴照は完璧な貴族の礼儀作法で御前を辞していった。

その作り笑顔は物凄く引きつっていて、肩に乗ってた醜い小鬼そっくりだった。




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