第5話 厄災戦争《タナトスコード》

 眼前に広がる岩の塊は

誰もが無人を想像する。

 くり抜かれた岩は

ひっそりと見つからないように

開けられていた。

「今日も平穏ですねぇ」

 小さい少女が一人で暮らしていた

コードがないと生きていけないなかで

破砕用しか持たずに生きている。

「むむっ! なんだあのでかいのは?」

 それに見慣れないデカい竜が飛んでいた

竜などこの時代には存在しない。

 例外を除いてはだが

竜はしょっちゅう飛んでいなかった。

「あの先はナラクの根幹だな」

 ナラクの根幹とは

最強のコード使いが一人のコード使いと

争った【厄災戦争タナトスコード】という

絵本の舞台である。

 その昔

裏切りのコード使いが一人で

世界を書き換えようとした

【タナトス】を生み出し

コード使いの在り方を絶対にしようとした。

 しかし【星のスターコード】七人が

それを戦火により防ぎ今の平穏あり

これこそ俗に【厄災戦争タナトスコード】である。

 そう絵本に記されている

中央大陸の子供は絶対に知っていた。

「じっちゃがこういう時は国さに行けと……」

 ごそごそと古い布を取り出すと

旅の準備を考え始める。

「アリシアさんをたずねんとね」

 アリシアを知っているらしい

頭で地図を思い描くと決心したのか

岩の中に戻っていった。

 太陽が輝く時間だ

ほとんどの人が食事か仕事中である。


 食堂では大食い対決が行われていた

今回は山盛りのミートスパゲティで

観客も固唾を飲んで見守っていた。

「私は負けないわよ」

「おらだってアリスたんに勝つからなぁ」

「アリスよ! たんをつけないでくれる?」

「むぅっ! 勝ったらたんづけしてやるぅ」

「ふんっ!」

 審判と勝敗を決めるやくを

アリスのバディであるクランが務めている。

「両者の手にフォークはありますか?」

【ある!】

「ではレディ! ファイト!」

 アリスが最初に肉団子を攻略し始める

その横で太った生徒がパスタをスルスルと

口に運んでいた。

「これならおらの勝ちだ」

「ふん! 肉団子はもう終わったわ」

「なぬ!」

 アリスは上品ながらも

大口でパスタをみるみる吸い込んでいく。

「さすがアリスさん! 我らがバディです!」

 審判が勝利を確信し

らしからぬ言葉を放つ始末であった。

 そんなこんなで

アリスは見事にも太った生徒に勝利する。

「これでトイレ掃除はあんたね」

「掃除はあんたねじゃねえよ」

 対決を見守る生徒の後ろから

聞き慣れた声がする。

「あーちゃん……」

「掃除の件で怒られるのは私だぞ?」

「いいじゃない」

「じゃねえんだよ」

「なによ? やる気?」

「上等だ…… 掃除一年間はずっとお前だからな」

「そんなぁ」

 アリシア先生の憤怒は威圧だけで

鉄壁のアリスさえ打ち破った。

「あーちゃんがここまでねぇ」

「考えものだねぇ」

 双子の美少女がチャチャを入れてきた

右に髪を結ぶレオンと左に髪を結ぶリオンである。

「アーカシャ? 見ちゃだめだよ」

「さようですか……」

 メイド服に身を包む女性と

お坊ちゃんのような生徒が遠目から

哀れな目を向けてきた。

 メイド服のアーカシャとスーツのアリアという

名門から来た

一応だが二人とも生徒である。

「あーちゃん……」

 シオンとアリンも呆然としていた。

「おっ! ロス君だねぇ」

「ロスだねぇ」

 久々にあった級友に

たじろいでいる中で優雅にメイドから

扇子を貰うアリアも一言を述べる。

「久しいねぇ」

「元気でなによりだ」

「丸くなったかい?」

「さあ…… どうだろうな」

「笑うようになったよぉ」

「そうだよぉ」

「そうか…… よかった」

 級友同士の会話にまた置いてけぼりな

アリンはようやく話せる相手がきた。

「私のこと知ってたアリンちゃんじゃない!」

「アリスさん! 久しぶりですねぇ」

 アリシアと同じようにぴょんぴょん跳ねている。

「私の掃除を……」

「アリス? どうするつもりだ」

「お手伝いよ!」

「良いですよ? お話をしながらでもいいですか?」

「ほんと! やったぁ!」

 アリシアも仕方ないなと

お手伝いを容認した。

 掃除しながら恋バナに陥るのはハッキリ言うとないだろう

アリスはトイレ掃除をしたことがないのである。

 一応にもそれを知っていたシオンは黙っていた

アリンも喜んでいたため言えないのだ。

 学生らしいガチャガチャした感じを楽しむ

そんな面々こそが呼び出したい

面々である。

「揃ってんだったら全員に依頼だ」

 紙を三枚用意していた

どれがいいか選ばせずに

シオンとアリス

レオンとリオン

アーカシャとアリアに

押し付けた。

「これ全部が調査依頼書だ」

「すまないなアリス……」

「いいってことよぉ!」

 満更ではなさそうだ

掃除を教えてもらえるからであり

アリンのお手柄である。

 シオンに渡されたのは

機術媒介レコーダー】の開発のもので

前に話していたものだ。

 レオンとリオンは謎の失踪事件について

アーカシャとアリアは不思議な竜の調査である。

「どうやらすべて下層領域だね」

 アリアが端的にまとめたが

一人だけ理解していなかった。

「下層領域? なんですか?」

「アリンにはまだ説明がなかったな」

 掻い摘んで下層領域について話す

下層領域とはクラスが一等級クラス以上のみ

受けられる危険地帯である。

「アリンはシオンがいるからとアリスで一等級だ」

「じゃああの四人は……」

「そうだよぉ」

「えっへん」

「当たり前だね」

「さようでございます」

 とりあえずこれでと

アリシアは他に要件があるのか

シオンとアリスに居残りを命じた。

「お前らにはシオンのコードについて話す」

「そうだな」

 シオンというよりアリンに

というのが意味合いで正しい。

「シオンは生まれつきだがコードに愛される」

「前も聞きました」

「ほんとに恵まれてるのかしらねぇ」

「まったくだ……」

 エイドはコードを持つすべてに好かれる

それは【無強化者ノンコード】だからだ。

 【無強化者ノンコード】は

弱いコードすら呑み込まれた場合につき

基礎的に強くする。

 つまり好かれるというより

ご馳走扱いなのだ。

「そんな特性が……」

「まあ大丈夫よ? 鉄壁のアリス様がいるんだからぁ」

 後ろで控えていたクランもようやく口を出す。

「そうですよ! アリス様は鉄壁なんです!」

 自身を持って自慢した

鼻息が荒いどころか興奮が冷めやらない。

「じゃあそういうことだ」

 アリシアは依頼書を託し

研究棟へと向かう。

 アリスは依頼の準備に去っていった

一言だけ残して優雅にだ。

「トイレ掃除楽しみねぇ」

「たのしい……?」

「気にするな」

楽しいと聞いて

良からず想像をするがそれを掻き消す。

「あいつはそういうやつなんだ」

「もしかして! なんでも楽しむスタイル?」

「そういうことにしとこう」

 時間系列的には

レオンとリオン

アーカシャとアリアの依頼が

終わるのが早いのだ。


 シオンとアリスの出発の日時は

二週間後でレオン達は

三日後のである。


 小さな村ではある怖い話が

流行っていた。

【コード使いの幽霊】

 あるコード使いが無念に散っていった

しかしそのコードは人を食べる

コード使いも消息不明なため

恐らく食べられている。

 そんな感じの話の触れ込みだが

数人ほどコード使いの墓で失踪中だ。

 レオンとリオン達は

持ち前のコミュ力で調査をすぐに終わらせる。

「これって……」

 被害者がすべて若い男性だ

夢に女性を見て墓に来たあとに

失踪していた。

「大罪種だねぇ」

「報告例があまりにも数年前と同じだねぇ」

 数年前に報告された

【淫欲のアラクネ】

それと酷似している点があり

また逃げられており

下層領域で安全とされていた村を

全て制覇している。

「これは報告書でどうするか仰ごうよぉ」

「そうしよぉ」

 姉妹にとって

男性好きが怖い

なぜなら母親が二人を捨てた理由だからだ。

 レオンとリオンは

下層領域で拾われ

依頼で訪れた

学生時代のアリシアに見つけてもらっている。

 だがおかしな点が数点あるのだ

男性すべてが

防衛を行っているコード使いで

機術媒介レコーダー】を

取られている。

「防衛の観点からも早めがいいねぇ」

「僕たちなら簡単だねぇ」

【アクセスオン…… イプシロン!】

 双子の姿が光になって

しゅんと飛び上がるように協会学園の方へと

移動していった。

 光はアリシアの方へと吸い込まれるように

付近へと音を立てずに降り立っていく。

「おっ? レオンとリオンか?」

《せいかいだねぇ》

「報告書は出来たか?」

《バッチシだよぉ》

「見せてみろ……」

 報告書の細かい内容を速読すると

ことの重大さに気が付いた。

「よし…… 防衛に数名派遣する」

「これで大丈夫だねぇ」

「そうだねぇ」

 レオン達は仕事が早いというより

空間で早いのである。

 一方その頃だ

同じ時刻に出発したもう二人は

ある難題に挑んでいた。

 竜の目撃条件が

こどもだけの時で

証言があまりになぞなぞである。

 ある子どもはこう言った。

【でっかいドラゴンさんがね…… 空中でお昼寝してたの】

 ある子どもは別にこう言う。

【お金持ちの屋敷をドラゴンさんが睨んでたの】

「なぜか竜への評価が下がるものばかりだな……」

「そうでしょうか? その竜はおそらく過去の報告書に記載が」

「どれどれ?」

【強欲のドラグナー】

大罪種の中で竜または恐竜の姿で

見つかっており

財宝や欲に素直な傾向有

竜種はコード生物に存在しない以上は

すべて【強欲のドラグナー】なり

この報告書は書架にのみ閲覧可能なのだ。

「アーカシャ? これって……」

「大丈夫でございます…… 多分」

「たまに抜けているね」

「お褒めに預かり光栄でございます」

「いや褒めてないよ」

「あら?」

 調査報告書は

【大罪種の発見情報だったが

本体がナラクへと進入のため調査断念】

と報告される。

 夕闇の中を移動用コードですぐに帰って来ると

アリシアが待っていた。

「どうだった?」

「大罪種ですよ」

「やはりか……」

「やはり?」

「双子も大罪種の発見には至らなかったがな」

「これはおかしいですよ」

「そうでございますね」

「ああ…… これだと絵本の通りだ」

 絵本とは

最初に説明した【厄災戦争タナトスコード】である。

 絵本には続きがある

ナラク成りてそこに眠る七つの欠片

大罪を復す

されどコード使いなしで

起動せず

【星のスターコード】のみが

復すコードなり

とあるのだ。

「あいつしかいない」

「でもシオン君はいないと……」

「違うんだよ」

「どういうことでございましょう」

「失踪じゃないんだよ」

 ボロボロだが裏切者の特徴を

記した報告書を見せた。

「まさか? 裏切り者って……」

「そのまさかだ」

 絶句する

裏切り者とは【星のスターコード】を

壊滅させた事件の首謀者

タクドシェイン=ターグラン

今回の裏にいるというのである。

「シオン君には?」

「言ってない……」

「なぜですか?」

「失踪扱いだからだ」

「上層部の意向ですか……」

「違うんだ」

 ボロボロの紙にはこうも書いてあった

リクドシェイン=ターグランの殺害容疑を

視野に調査を終え

この一件を迷宮案件とした。

 迷宮案件とは

調査報告の永続的な断念という意味合いを

含んでいる。

 そんな報告書など関係ない

苦悩に立たされることを示唆していた。

「これは依頼を考えた方が……」

「アリスなら変えられるかもですよ」

「アリスの兄のことか?」

 アリスの兄にあたる

アンドも消息を絶っている。

 しかも裏切者の一件の加担者だ

アリスは家督のほとんど

無に帰された過去を持っていた。

【生徒を信じなさいアリシア……】

 過去に言われた言葉が頭を過る。

「仕方ないか……」

 辺りは暗がりが支配する時間まで

話し込んでいた。

 月が笑っているようだった

かつてのアリシアを止めた教師が笑っているよう

見えてしまう。

「うっせえよノアイン先生さんよぉ」

 かつての女性恩師に

毒を吐きながら状況を収めた。

 信じたのだ

ただ二人の行く末を

同じ二人と支える二人が

変えてくれることを

先生の義務という

ただそれだけである。

 月夜を眺めたアリシアの顔は

嬉しそうだった。


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