第4話 明日への希望

部屋の中で規則正しく起きた少女は

寝相の悪い少年を叩き起こす。

「起きて……」

 ゆっくり揺さぶりながら

促すが反応がない。

「ぐにゃ……」

「ふふっ」

 あまりの寝相に可愛げを覚えたのか

眺めてしまう。

「なんだ?」

 だがいきなり起きてしまうので

心臓に悪い。

 胸を押さえながら息を整えると

台所を指さす。

「お腹空いたんだけど」

「そうか…… で?」

「お腹空いたの」

「作れと?」

「うん」

 シオンの料理の腕前を知らないはずだが

仕方ないな台所に立った。

 十分も経たぬうちに

オムレツとホットケーキにベーコンを

焼き上げる。

「おぉ! さすがターグラン家のご子息……」

「なぜそれを?」

「有名だよぉ」

 それよりもと料理のお預けを喰らっている

そう主張していた。

「熱いうちに食べないのか?」

「食べます! 食べたいです!」

 さっそくと言わんばかりに椅子に座ると

オムレツからフォークを入れ

溢れ出る卵の風味を楽しんでいる。

 口に頬張ると

芳醇なバターと卵の味が口いっぱいに広がった。

 まるでレストランで食べるような

クオリティに驚いている。

「うちでは初等部ぐらいには出来るようになってるがな」

「どんだけ英才教育なの? おいしすぎる……」

「材料はあり合わせだけどな」

「揃ったらもはや店開けるのでは……」

 そんなこんなで朝ごはんを終えると

太陽がちゃんと挨拶するぐらいの時間だった。

「今日はあの女性先生が用があるって」

「あーちゃんが?」

「ん? 誰? あー……」

「あの教師がそう呼べと言っているんだがな」

「そうなんだねぇ」

 私はと自身を指さして

あだ名を求める。

「アリンはアリンだ」

「えぇ…… なんかないの?」

「アリンは名前で呼びたいんだ」

「ふぅむ」

 そんな会話をしながら

あーちゃんこと

アリシア先生のもとへと向かった。


 アリシアジャン=レイン先生という正式名を

自ら嫌うアリシア先生は生徒に対し

あーちゃんと呼ぶように頼んでいる。

 例えどんな生徒にも

それが年上でも年下でも関係ない。

「あーちゃんやぁ」

「どうしましたかぁ?」

「依頼書はどこかね」

「ここですよぉ」

「おぉ…… 老眼でのう」

 例えどんな相手にもである。

「あーちゃん……」

「おぉ! バディ!」

「先生っ! 連れてきました」

「アリンちゃんも久々だねぇ」

 先生とアリンがぴょんぴょん跳ねながら

喜んでいる中で用事を聞き出そうとした。

「ああ…… 失踪者とグリードクラスの件だ」

「グリードクラスもか?」

「失踪者だけじゃないんだ」

「そうなんだよなぁ…… どっちから聞きたい?」

「失踪者の件から聞きたい」

「そうか…… なら医療棟に向かおう」

 医療棟は先生がいつもいる教室からは近いが

先生以上の権限者が必要となる。

 医療棟は依頼などでの重病者を

保護する名目で存在するため

行くための道もコードが必要になっていた。

【生徒シオンとアリシア教諭を確認しました】

 アリンも開かれた道を通って

医療棟へと進入する。

「生徒のエイドとアリシア教諭と……」

「アリンです」

「生徒ですね」

「あの子に会いたいんですが……」

「生徒アイシアですね」

「ん? ユーゴとクレットは?」

「あの男子生徒達なら三日も経たぬうちに

バディを組みなおした」

「そういえば組む前に二人は指折りのだったな」

「アイシアだけはお前と組みなおしたがっているんだがな」

「それはダメです!」

 珍しく先生の前で本質を見せるアリン

シオンもアリシアもびっくりしている。

「やっと組めたのに……」

「なんか言ったか?」

「アイシアさんが待っていますので……」

 話を聞くのがめんどくさいのか

看護を行う教諭が病室へと急いだ。

「そういえばバディ…… 名前は戻さないのか?」

「じじいの言う本名か?」

「タクドリカバー=ターグランのほうがお父さまも」

「三人も失踪者を出したやつがか?」

 タクドという名前は

シオンと今名乗っている前に存在した

兄の名前とそっくりなのである。

 タクドシェイン=ターグラン

この学園で最初の【無強化者ノンコード

そして【星のスターコード】に

名を連ねた女性のような少年だ。

「タクドと名乗るのは兄を背負えなくなる」

「だけどなぁ」

「病室に入りますよ」

 気づけば病室前だった

ゆっくり開くと柔らかな笑顔が特徴の

ショートボブの少女が半分だけ起き上がっている。

 先客がいたようである

恐らく姉のアインだ。

「タクド……!」

「アインエルシュ……」

 キッと睨むような視線はアリンにも

向けられる。

「あなたはまたアイシアと組むのよね?」

「それは……」

「できません!」

 横から割って入るアリンに

より強い視線がぶつけられる

殺意すら見え隠れした。

「姉さんっ! やめてよ……」

「なんでよ! 研究チームで向かった時には進んだと思ってた!」

「失踪したのは私のコードが弱いからで……」

「いまあなたがいるのに弱いってだけで理不尽じゃない!」

 研究チームで失踪者を追っていた姉のアインは

グリードクラスの研究にも携わる。

 それは失踪したアイシアを探すためで

見つかった今は休職中だ。

「では研究結果もここで聞けるということですか?」

 アリシア先生がおずおずと聞きに入る。

「グリードクラスは残骸だった!」

「まさかだが…… 【憤怒のドール】もか?」

「そうよ! 私はニセモノの影を負わされてたのよ」

「どおりで弱いと思った」

「弱い? あなたはそのせいでアイシアを!」

 今の状態では遙かに弱かった

アイシアは治癒専門の回復コードの使い手で

強化系統ではない。

「そのことで言っておくことがあった

 アリシアが二度目に割って入った

コードを使うデバイス

通称名【機術媒介レコーダー

それについてだ。

 コードを使う際に

絶対な必要性を持つ器物である。

「お前の力とアリンちゃんの力が強すぎるんでな」

「調整か?」

「いや改造かもな」

「改造? 作り直すんですか?」

「それよりも開発に近い」

 目の前にいるアインがしゅんと

目線を落とした。

「それに携わるのがアイン研究員だったんだよ」

「そうですね」

《進んだと思ってた!》

 応援しようとしていたのだ

妹を失踪させられ

それでも力を貸そうとしてくれた

アインという女性の器量と優しさが

より刺さる。

「それでも…… シオンいやタクドと組みたい」

「おれもそうしてほしい」

 それを聞いたアイシアはホッと

胸を撫でおろした。

「よかった……」

「どういうこと?」

「ここの病室の横にね」

 アイシアは病室で仲良くなった

エリサという少女の話をしだす。

「退院日が同じでね」

 ここを出た後に

バディを組むことを約束していた。

「そうなの? アイシア……」

「失踪中にね? タクド君の夢を見てたんだ」

 そこまで話して暗くなった

何を見たのだろうかと聞いてみる。

「私じゃ守れないからね」

「傲慢の大罪種の話か?」

「ん? なんで知ってるの?」

「ユーゴとクレットが言っていたんだがな」

【傲慢の大罪種がタクドを消しに来る】

「なんだ? そんな眉唾な……」

「いやこれが冗談ではないんだ」

「各地で最大のコード使いが数名ほどだが遭遇している」

「種別は?」

「タナトスクラスだ」

「なっ! タナトスクラス?」

 タナトスクラスとは

最大種別であり

もはや都市伝説と言われている最長命種だ。

「お前のレコーダーを換えたくなった上層部は

それを信じ切っている」

 まさかそんな怪物がまだ存在するのかと

アリンを置いて話は進んでいく。

「私もいるんだけどなぁ」

 少し寂しそうであった。


 中央大陸 下層岩原ナラク

「プライド……」

「どうした? ドール?」

「なおしてぇ……」

「ん? コードの傷は?」

「溶かされたぁ」

 くすりと冗談だと思いながら

話を進める。

「どう溶かされたんだい?」

「コードの属性を切り替えられたぁ」

 切り替えたという言葉で

ゆったりとした表情に獲物をみつけたような

狂気が宿った。

「どんなやつだった?」

「プライドにそっくりだったよぉ」

「へえ……」

 プライドと呼ばれたコード使いは

かつてに宿した【星のスターコード】を

撫でる。

「タクドがねぇ」

「それって失踪中のぅ? いなかったよぉ」

「でも似てたんだろ? なんて名前?」

「シオンって呼ばれたよぉ」

「シオン…… そうかぁ…… なるほどねぇ」

 クククと笑いを含むと

表情に確信的な悪意が宿った。

「ドール? 招集をかけてくれるかい?」

「誰を呼ぶのぉ」

【大罪種の全員を呼んでくれ】

 その言葉は中央大陸を戦火に

引き入れるというよりも

業火よりも深く煉獄に近い地獄に引き入れた

そう記述されるはずの渦中そのものである。

「わたしはタクドシェイン=ターグラン」

「ふくしゅうをなすものぉ!」

 楽しそうに【憤怒のドール】は

招集用コードを展開した。

【祭りか?】

【ハラヘッタ……】

【あのコード使いめぇ】

【好きな子がいるのぉ】

【むにゃ……】

 個性的な連絡相手に

ただ一言をタクドシェイン=ターグランは

放つ。

【戦争の始まりだ! 復讐こそが我々の本懐!】

《御意っ! 復讐を成す者!》

 まとまりのないすべてが

そろい踏みで目的と用途を理解した。

 業火の渦中は

始まった激闘と戦争のプロローグが

刻まれる。

 

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