第45話 先生とピケット

「先生とピケット」


 雲一つない澄みきった青空が、どこまでもどこまでも遠く広がっておりました。さんさんと降り注ぐ日の光のもと、クリケット・カラアリ・ピケットと友人のカラアリ・ポポッコは真っ黒な体をぽかぽかさせながら並んで歩いておりました。今日は年に一度、先生の家を二匹で訪ねると決めた日の第一回目でした。ポポッコの手にはおやつの入ったバスケットが握られており、中ではピケットと一緒に作った特製のオレンジマーマレードを混ぜたパウンドケーキが歩みに合わせてゆらゆら揺れています。

 やがて先生の家の前に着きました。赤い玄関についている紐をひくと、家の中でリンリンと音が鳴りました。少しするとドアが開きます。

「いらっしゃい。二人ともよく来てくれたね」

「こんにちは。先生もお元気そうで何よりです」

「先生こんにちは! 今日のおやつはマーマレードのパウンドケーキだよ!」

 先生は元気そうなピケットとポポッコを見て、目を細めて笑いました。二匹を居間に通すと紅茶とお皿を用意しに台所へ行きました。ピケットたちはケーキの包みを開け、パン切りナイフを取り出します。かすかにオレンジの匂いが部屋に漂いました。

「二人ともお待たせ。さあ、ケーキをいただこうか」

 そう言って先生は紅茶とケーキの取り分け皿を配り始めました。「あ、」ピケットが小さく声をあげました。用意されたお皿とカップは四つありました。先生ははっとしたような表情を見せ、数秒固まりました。ポポッコは声をあげることすらできませんでした。

 先生は、四枚目のお皿を手に取りました。外の世界へ出ていき、今は行方不明になったピチットのお皿でした。

「……すまない、ピケット。ポポッコも……」

 先生の暗く沈んだ声が響きました。ポポッコはうつむいたまま黙り込んでいます。

「先生」

 冷たい沈黙を破ったのはピケットでした。

「ピチットの分も取り分けようよ。それでみんなで食べちゃお。遅れてくるのが悪いんだからさ」

 ピケットはさっさとパウンドケーキを四匹分いきわたるように切り分けました。

「ピチットもきっとどこかでケーキ作って食べてるよ」

 ポポッコはついにぽろりと涙をこぼしました。先生も泣きだしそうなのをぐっとこらえて、ポポッコの背中を撫でました。撫でながら、ピケットに声を掛けます。

「ピケット、ありがとう」

「先生もありがとう。ピチットのこと、忘れちゃったかと思ってた」

「忘れないさ。お前たちのうち誰がいなくなっても、忘れないよ」

 それを聞いたピケットは、潤んだ瞳をごまかすように紅茶を一気に飲みました。そして遠くへ行ってしまったピチットが、お腹を空かせて困らないように、そう願いを込めてケーキを四皿並べました。


おわり

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