第42話 光る影とトモトモ
「光る影とトモトモ」
春の柔らかな陽だまりの中、クリケット・エガアイ・トモトモは友人のクリケット・カラアリ・ピケットとカラアリ・ポポッコの前で真っ白な殻を赤らめながら、新しい曲を聞いてもらおうとしていました。しかしポポッコだけは両耳にきつく耳栓をしておりました。以前ピケットがトモトモの新曲を聞かせてもらったとき、あまりの楽しさに体が勝手に踊り出して、トモトモもバイオリンを弾く手が離れず、大変困った思いをしたことがあったのです。ポポッコはまたそんなことが起こらないよう、見張り役を買って出たのでした。
二匹のカラアリの前でトモトモは一礼し、バイオリンに弓を構えました。先ほどまで緊張で赤く染まっていた殻は元の色に戻り、トモトモが深く息を吸って吐くと、その場の空気がぴんと張り詰めるようになりました。
バイオリンに張られた弦の上を、弓はホットケーキに乗せられたバターのように滑り出し、張りつめていた空気を温かく溶かしてゆきました。耳栓をしていたポポッコも何となくそんな空気を察しておりました。隣にいるピケットもじっと音楽に聞き入り、うっとりと目を細めました。
しばらくしてポポッコは、柔らかな空気の中にどこか奇妙な気配がするのを感じました。
(なんだろう……何かがおかしい気がする……。ピケットもトモトモもおかしいところはないけれど……)
ポポッコは静かに周りを観察しました。陽だまりの中、周囲の木漏れ日はきらきらと輝き、ときおり吹くかすかな風に揺れています。ポポッコはその様子をじっと観察します。木漏れ日の輝きもありますが、どこか違う光もあるようでした。
(わかった、影だ。影の周りが光っているんだ)
まだバイオリンを弾き続けるトモトモと、それに聞き入るピケットの影もその輪郭がきらきらと輝いております。耳栓をしているせいか、ポポッコの影は普段と変わらずそこにあります。それが良いものなのか悪いものなのか判断がつかないうちに、トモトモの曲は終わりを告げました。
その途端、木々の影を縁取っていた光はするするとほどけるように木の中に溶けていきました。トモトモとピケットの影に着いた光もゆらゆら動き出します。ポポッコは耳栓を外しました。
「ピケット、トモトモ、君たちの影が光っているよ!」
「あれっ本当だ!」
「周りの木も影が光っていたんだ。でももう消えちゃったよ」
ポポッコがそう言い終わる前に、光はその輪郭を残したまま影からはがれるように浮き上がりました。
「あっ」
二匹の輪郭を保った光はそのまま止める間もなく、するするとほどけてそれぞれの体の中におさまりました。
「なんだろうこの感覚は……。ふかふかの布団で眠るような……そのまま溶けちゃいそうな、不思議な気持ち」
トモトモがそう言う隣で、ピケットは立ったまま眠ってしまいそうになっていました。ゆらゆらするその体をポポッコが支えます。
「どうしよう、この曲。音楽会でやっても大丈夫かな?」
「多分、大丈夫だと思うけど……みんなやっぱりびっくりすると思うよ」
ポポッコとトモトモは顔を見合わせて、それからむにゃむにゃ寝言を言うピケットを見て、笑いだしてしまいました。
念のため三匹は、今度は月夜の原っぱで実験してみることにしました。月明りに照らされた影も昼間と同じように光りだし、体の中に入って行きました。ピケットはあっという間に眠りに落ちてしまいました。
「君の作る曲はどれもこれも一筋縄ではいかないな」
ポポッコがそう言うとトモトモはまた体を赤く染めました。
おわり
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