第39話 酒造りとピケット
「酒造りとピケット」
春の香りの近づくころの夕暮れ時、クリケット・カラアリ・ピケットは足取りも軽く、蜜月酒屋に向かっておりました。曇り空の多い冬の明けるころ、夜空には満月が顔を出し、満月酒づくりが盛んに行われるようになるからです。
ピケットは冬の満月をつかってつくる、きんと冷たく澄み煌めく金剛石を思わせる満月酒も大好きでしたが、春のほんのり温かく、心の蕩けそうな桃色珊瑚のような満月酒も大好物でした(もっとも、クリケットが嫌う満月酒なんてものはありませんが)。
ピケットは友人のカラアリ・ポポッコも誘い、準備中の札のかかる蜜月酒屋の前を通りすぎ、二階へ通ずる階段を上がりました。
「ポピット、いるかい?」
トントン、と扉を叩くと中からガサガサ音がして蜜月酒屋の店主、カラアリ・ポピットが姿を現しました。
「なんだいピケット、ポポッコまで。今日はまだ店は開いてないだろう」
「そうじゃなくってさ、今日は満月だろう。満月酒を作るのを手伝いたくってさ」
「へえ! それはうれしいね。けれど君はいつも飲んでばっかりなのに、どういう風の吹き回しだい?」
「季節の変わり目だからねえ。冬の間我慢していた分、手伝って多めに分けて貰おうとしているんだよ、きっと」
ポポッコとポピットは顔を見合わせてくすくす笑いました。
ポピットは大きな壺をいくつも用意して庭に置きました。ピケットとポポッコは澄んだ井戸水をたくさん汲んできて、壺の中になみなみと注ぎます。水を汲み終わった三匹は、こんどは空の壺をその周りに置き始めました。
日が沈み、星々が輝き始めました。けれどもそれらは大きく輝く銀色の満月に照らし出されていくつかはかすんでしまいました。水の注がれた壺の中に、鏡のように満月が映りました。
「さあ、はやく満月を汲むんだ!」
ポピットの声を合図に、三匹は柄杓を手に壺の周りに集まりました。ポピットはそうっとした手つきでのっぺりとした銀色の満月を掬いあげました。すると満月は柄杓の中にぴったりと納まり、壺の水面からすっかりと抜け落ちてしまいました。三匹はそれぞれ掬いあげた満月を空の壺の中に落とし込みます。そしてまた水に映り込んだ満月を掬いとり、壺に移し替えるのを何度も繰り返しました。
月も傾いて沈みかけるころ、水の入ったたくさんの壺は空になり、そして空だった壺がいっぱいになり、きらきらと銀の光を放っていました。ポピットはその満月を掬い入れた壺の上に蓋をして、店の奥に運び入れました。そしてくったりと疲れて座り込んだピケットとポポッコのもとに、透明なグラスに注いだ満月酒を持ってきました。
「今日は手伝ってくれてありがとう。これは先月の分さ、最後の冬の満月酒だよ」
二匹のクリケットはにっこり笑うとぐいとそれを飲み干しました。火照った体に冬の冷たい満月酒が体の中を駆け巡り、きらきらとした星明りに呼応して体がかっかする思いでした。
そうして三匹は今日汲んだ満月酒が飲み頃になるのを楽しみに待つのでした。
おわり
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