第37話 瓶の夢とクラータ

「瓶の夢とクラータ」


 まっ白な毛を持つクリケット・グラーモ・クラータは、柔らかな毛布に包まれてぐっすりと眠っていました。枕元にはヤドリガイの入った大きな瓶が置いてあります。クラータは以前、帽子にヤドリガイがとりついてしまい、たいへん汚してしまったので新しい帽子を買うためにヤドリガイを大きく育てて賞金をもらう算段だったのです。

 クラータがくうくう寝息を立てるたびに白い毛がふわふわと動き、枕元の瓶をくすぐりました。いつもより瓶がクラータの方に転がって、コツリと頭に当たりました。そんな冬のある日、クラータは奇妙な夢を見たのです。


 そこは何もかもが大きな世界でした。普段見ている小道の小さな小さな小石が大きな山のように見えました。日頃蜜を吸って楽しむ紫のコップのような花が大きな鐘のように見えました。クラータはその花の中に潜り込んで夢中になって蜜をすいました。一度ではとても飲み切れず、何度も日が頭の上を照らす間、飲んでは眠りを繰り返しました。

 いくつもの日が過ぎていく中で、クラータはどんどん大きくなりました。やがて自分と同じくらいの大きさになった花のコップを背負って歩き始めました。花が枯れる前に新しい花を背負い、蜜を飲みながら海を目指して歩きました。不思議といま自分が目指すべき方向がどこなのか、普段迷い癖のあるクラータからは考えられないほどわかっていたのです。

 海へ着くと冷たい潮風にあたり花の家は飛ばされてしまいました。クラータは身をぶるりと振るわせて、新しい家をさがしはじめます。ちょうど奇妙にねじれた貝殻がひとつ、砂浜の波の届かない場所に落ちていたのでクラータは体をくねらせて中に入りました。体にちょうどぴったりはまってとても住み心地のよい家でした。

 けれどもしばらく日が過ぎるとやはりその家も小さくなってしまい、また新しい家を探すために歩き始めました。そうして探し歩くうち、一つの帽子に出会いました。ああこれは自分の帽子だとクラータは思いました。そうして貝殻を脱ぎ捨てて、クラータは帽子の中に潜り込みました。温かく心地よく、とても安心できる素晴らしい家でした。

 そうして心地よい帽子の中にいると何かに体を引っ張られたり、家をガタガタゆすられたりしてどうも具合がよくありません。クラータは名残惜しく幸せな帽子の中から抜け出して、ちょうど近くにあったキラキラ輝く瓶の中に入りました。外の日のひかりがチカチカ輝き、ツルツルとした壁が体にぴったりと合って、ここはここでいい具合の家でした。クラータはそこでぐっすりと眠りこみました。誰にも揺すられることもなく、とても寝心地のよい家でした。


 頭に硬いものが当たり目を覚ましたクラータは、その奇妙な夢のことをすっかり忘れてしまいました。ゴツゴツと当たるヤドリガイの大瓶を枕元に置きなおし、大きなあくびをひとつするとまたふんわりと柔らかな毛布に包まれて眠りなおしました。奇妙な夢はもう見ませんでした。


おわり

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