第36話 温泉とピケット

「温泉とピケット」


 一面粉砂糖のようにまっ白な雪の降り積もるクリケディアは、あまりの寒さに外に出るクリケットたちも減り、外に出るのはごくわずかな者たちのみでした。そのごくわずかなクリケットの中には、クリケット・カラアリ・ピケットと友人のカラアリ・ポポッコの姿もありました。

 深く積もる雪の上に、寒さに小さな尻尾をぷるぷる震わせて、ちいさな長靴の足跡をサクサク落としながら真っ黒な二匹のカラアリはある場所へと向かっておりました。天候予想学者からの報告書に『青ヶ峰の湖付近に温泉石が降る』とあるのが、森の掲示板に貼られているのをポポッコが発見したからです。

「本当に温泉石が降ったのかなあポポッコ。もしも降ってなかったら寒さに当たっただけ損だよ」

「ピケット、天候予想学者がミゼットさんの代になってから外れたことはなかったっていうだろう。それに降らなかったからって、ただ散歩を楽しむってことにならないかい?」

「それはそうだ」

 温泉石というものは冬によく空から降ってくる、クリケットたちでは抱えきれない大きさの石のことです。それはとてもとても熱を持っているので、冬にそれが降ってくると周りの雪が解け、春が早くやってきたり、川に浸かったりすると温泉になるというものなのです。一説では温泉石が長い間を掛けて削れて小さくなったものが歌う温かい石になると言われています。

「そら、もうすぐ青ヶ峰の湖が見えるぞ」

「ああ、本当だ。ねえ、あそこに見えるのは靄かな? 湯気かな?」

「きっと湯気さ。ほら、あのあたりだけ雪が消えてるぞ」

 二匹が近づくにつれて、あたりの空気がぽかぽかとしてきました。ピケットとポポッコはもう待ちきれないように、湖の近くへ駆け出していました。近づいてよく見てみると、湖の底からポコポコと空気の塊がいくつも上がってきておりました。温泉石の持つ熱が湖の底の水を沸騰させているのです。

「うわあ、本当に温泉ができてる! はやくはやく!」

「待ってピケット! 熱すぎないように気をつけて!」

 ピケットとポポッコは長靴と帽子トップハットを脱ぎ、湖のふちからそっと中に入りました。少し冷たいくらいの所から、少しずつ温かい方へと泳いで行きました。

「うん、本当にいい湯加減だ。ミゼットさんの言うことはやっぱり信用できるね」

「そうだろう。寒い中掲示板まで報告書を読みに行った甲斐があったよ」

 二匹のクリケットはたっぷりと温まり、ほこほこしながら家路につきました。しばらくの間は、寒さに困らなくなりそうだと二匹でたっぷり笑いあいました。


おわり

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