第35話 ピチットとピケット

「ピチットとピケット」


 冬のさなか、風は強く、窓ガラスに雪が叩きつけられます。風邪をひいてしまって温かな布団の中で眠っている間、クリケット・カラアリ・ピケットは昔の夢を見ていました。夢の中には、ピケットと、ポポッコと、先生と、そしてピチットがでてきました。みんながまだ小さかった頃、クリケディアの外に出て行方不明になってしまった、あのピチットです。

 三匹はあの空から降りてくる大きな星の中からでてくるときも一緒でした。三匹でちいちい鳴いているちっちゃなカラアリ三匹を、先生は優しい手で包んでくれました。温かく力強く、どこまでも優しい手でした。

 先生は食いしん坊のピケットに自分の分までご飯を分けてくれました。ポポッコはピケットがうまく歌えないときにずっと傍で付き合ってくれました。そしてピチットは……ピチットはいつもピケットの手を引いてくれました。

 ピケットはいまでは信じられないほど臆病で、怖がりで、いつもびくびくしていました。夏の雲の大きなことを怖がり、秋のカサカサいう枯葉の音を怖がり、冬の雪の冷たいのを怖がっていました。

 ピチットはそんなピケットの手をとり、夏の川辺で大きな雲をわたあめに例えました。カサカサいう枯葉を秋の音楽会に例えました。冷たい雪で一緒に先生の像を作りました。他にもいろいろなことをピケットは夢の中で思い出しておりました。

 けれどもそれは突然のことでした。ピケットたちは先生から、クリケディアの外の話を聞いておりました。外の世界ではクリケディアにも住んでいる人間や動物たちとも言葉が通じず、クリケディアのことを覚えていないということも教えてくれました。とても大きな生き物たちが暮らしていて小さなクリケットたちにとってはとても恐ろしい場所であると先生は教えてくれました。

 ピチットはそんな外の世界にとても興味を持っていました。そして先生の元から独り立ちした日に、誰の目にも触れないよう、一人でどこかへ行ってしまったのでした。

 先生は必死でピチットを探しました。クリケディアを駆けまわり、恐ろしい外の世界へ飛び出し、そして結局ひとりで戻ってきたのでした。

 夢の中、ピケットは必死でピチットの背を追いかけました。追いかけて追いかけて、どんどん遠くなるピチットにやっと手が届いてピチットが振り向いたと思った瞬間、ピケットは布団の中で目を覚ましました。

 熱はすっかり引いていました。ピケットはもそもそと起き上がると、そばの机の引き出しからお菓子を取り出して少し食べ、また眠りにつきました。

 ピチットの夢を見たことをピケットはポポッコに言うつもりでした。前に約束したからです。ピチットのことは抱え込まない、辛いときは秘密にしない。

 夢を見たことは辛いことだけではありませんでした。ピケットは本当に辛いだけでない夢を見たと心から思っているのです。ピチットの夢を見れたことが嬉しかったのです。辛いことだけでなく、嬉しいことも一人で抱え込むわけにはいかないと、ピケットはそう思ったのでした。


おわり

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