第32話 夕焼けとピケット

「夕焼けとピケット」


 ある日真っ黒な体に短いしっぽを持つクリケット・カラアリ・ピケットは夕焼けをただ見つめていました。家から遠くにある海の見える丘へ来て、夜は近くのボート小屋で眠り、昼間は魚を釣りながら、大きな目で毎日夕日を見つめて過ごしておりました。

 自分がなぜそんなことをしているのかもわからずに、一匹で寒くて寂しい海辺で過ごしておりました。雪に冷え込む中、毎日をぼうっと過ごします。雪が降り始めてもまだいます。雪が積もり始めてもまだいます。ただひたすら、夕焼けを見つめる日々でした。

 こんなことはそう多いわけではありませんが、ピケットはたまにふらっとどこかへ行ってしまって、そしてしばらくするとまたふらっと戻ってくることがあるのでした。

「ピケット」

 いつの間にか、そばには友人のカラアリ・ポポッコがいました。雪の冷たさにぷるりと身を一度震わせて、ピケットの名前を呼びます。けれどもピケットはそれにも答えず、ただ夕日を見つめていました。

 赤く光る橙色の宝石のように輝く夕焼けと、その金色に染まる雲とを見つめ、いずれ日が沈み薔薇色に変わり染まっていく雲を見続けていました。

「ピケット」

 もう一度、ポポッコが名前を呼びました。二匹の帽子トップハットにはちらちらと降り始めた雪が薄く積もっておりました。ピケットはぼんやりとポポッコの方を向きます。日は完全に沈み、いくらかの雪を降らす雲と深い深い闇が訪れておりました。

「やあポポッコ。どうしたんだい」

「どうかしたのは君の方だろう。こんなに寒いのに、いつまでもこんなところにいて」

「うん、そうだねえ」

 二匹はボート小屋の中へと入りました。雪をはらい、薪ストーブに火をつけます。凝っていた体が温まり、ポポッコはしっぽをぷるぷる振りました。ピケットはまだ少しぼんやりしていましたが、やがて口を開きました。

「もしかしたら僕は君に迎えに来てほしかったのかもしれないね」

「君が、僕に?」

「うん」

「僕が迎えに来なかったらずっとここにいるつもりだったのかい?」

「うん、そうかもしれない。」

 ポポッコは椅子にとんと腰かけて、ふーっとため息をつきました。なんだかどっかり疲れた気分でした。ポポッコはピケットを探すのにわざわざこの丘まで時間をかけて来たわけではありません。偶然この丘まで来て、偶然ピケットを見つけたのです。

「君はいなくなる時、いつもここにいたのかい?」

「いいや」

「そうかい、僕はたまたま君を見つけたのかい」

「すっかり寒くなっちゃって、僕は早く家に帰りたいや」

「うん。そうだね」

 その日の晩は二匹でボート小屋で過ごし、日が出てから家へ帰りました。ピケットはたまにポポッコにしっぽを蹴られながら、それでもどこかうれしそうでした。


おわり

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