第31話 涙池とトモトモ
「涙池とトモトモ」
秋は足早に通り過ぎ、雪の積もり始めたクリケディアで、卵のように丸いクリケット・エガアイ・トモトモは一人歩いておりました。木には氷柱が垂れさがり、枝に積もった雪がまるで真っ白な花の咲いたように見えます。
それでも天気の良い日には、雪の花はすっかり散ってしまい、どろりと濁った雪が長靴を濡らしました。トモトモは不機嫌そうにバシャリと足元の雪を蹴り、ため息をつきました。
「こんなに良い天気なのにまわりは泥ばかり、いい歌がちっとも浮かばない。」
ブツブツそんなことを言いながら、氷柱から垂れる水滴をひとつふたつ数えたり、水溜まりごとに飛んだり跳ねたりしながら何とか楽しもうとしました。トモトモが作りたいのは誰もが喜び、笑い、歌う、そんな歌なのです。
泥の中に飛び込むと、周りの白い雪にぱっと黒い花が咲いたようになります。長靴は泥だらけですが、何となくそれも気にならなくなってきました。トモトモは一つある目を見開き、白い体を紅潮させます。なんだか少しずつ楽しくなってきました。
「おや、こんなところに池があるぞ」
どんどん跳ね歩いているうちに、知らないところまで来てしまったようです。見たこともない池が少し先にあります。とことこと傍まで歩いていると、まだ凍ることを知らない水がトモトモの姿を映します。しんとした水面にはトモトモの吐く白い息まで映りました。
突然、おかしなことが起こりました。トモトモの大きな目から、悲しくもないのに涙があふれてきたのです。ひとつ、ふたつと水面を叩き、そしてボロボロあふれ出す涙はいくらぬぐってもぬぐっても止まることはありません。涙はすべて池の中に吸い込まれるように落ちてゆき、トモトモの姿を揺らしました。トモトモは慌てて走り出しました。池から逃げるようにはやく、はやく、遠ざかるように走って行きました。
後日、トモトモは図書森にやってきました。司書をしている人間のケンジに涙に関係する池の本を探してもらい、そこで『涙池』について知ることになったのです。
涙池はそこをのぞき込む者から涙を引き出し、そして少しずつ大きくなっていくのです。大きくなった池はやがてその場所から動き出して、海を目指すというのです。
「海を見ると少し悲しくなるのはそういうわけかもしれないな」
トモトモはそう独り言ちました。そしていつかあの大きな海の中に自分の涙が流れ着くのを思い、夢見る心地でまたひとつ、曲を考えつきました。いつも作りたいと願っている楽しい曲ではありませんでしたが。きっとその曲も、自分は好きになることが出来ると思いました。
おわり
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