第16話 月の本とピケット

「月の本とピケット」


 真っ黒な体にいっぱいの日光を吸ったクリケット・カラアリ・ポポッコと一緒に図書森に来ていたカラアリ・ピケットは、生い茂る葉のように数ある本の群れの中に一筋の紙切れがぶら下がっているのを見つけました。

「ねえポポッコ、これは本なの?」

「いや、僕もこんなのは見たことないな。司書さんに聞けばなにかわかるかもしれないね」

 ピケットは紙切れをそぅっとつまむとポポッコに続いて図書森の司書のもとへ行きました。数ある木々のなかにやっと見つけた図書森の司書はケンジという人間でした。人間という生き物はクリケットたちの倍ほどもある大きさです。

「こんにちはカラアリさんたち、なにか御用ですか?」

「こんにちは、実はこの本のことで来たんですが」

 ポポッコに促され、ピケットはつまんだ紙切れをケンジに見せました。ケンジはその本をじっくりと見回し、ピンセットで何度かつつきました。そうしながらしばらくすると、こう言います。

「これは月の本ですね。昨日が新月だったからこんなに細くなってしまっていますけど、満月の晩には、まるまると大きくなって全部読めるようになりますよ」

「へえ! 月の本。どうしたらそんな本が作れるの?」

 ピケットは不思議でたまらないというふうにケンジに尋ねます。

「紙を漉くごとにね、新月の次の晩にひと漉き、また次の晩にひと漉きしながら次の新月まで一枚の紙を作っていくんですよ。そうしてできた紙に新月色のインクで文字を書けば、満月の日だけに読むことができる本が作れるんですよ」

「それは大変だねえ。僕には到底できないや」

 考えただけで目を回しそうなピケットを見てケンジはくすくす笑いました。ポポッコは月の本をじっとみてそんな大変な思いをしてまで何が書かれているんだろうと不思議に思いました。ポポッコはその本を借りることにしました。ピケットと一緒に読んでみたくなったのです。

 そうしてやってきた満月の晩、二匹のクリケットは本を読んでみることにしました。すっかり大きくなった本を広げてみるとそこから、すうっと文字が煙のように立ち上りました。

『これは、私の愛する子どもたちに向けて、また彼らが愛するその子どもたちに向けて伝えたい、いくつかの童話を集めたものです。』

 なるほど、書かれているのはどれも今のクリケットたちにも伝わる古い古い童話集でした。

「でも変なの、こんなのだったらわざわざ月の本になんか書かなくてもいいのに」

「『私の愛する子どもたちに』って書かれているだろう。特別な子には特別な本を残したかったんだよ」

 二匹のクリケットはその本を一晩中読みました。そこには自分の先生から教わった話もあったりして、懐かしい思いをしながら二匹は眠りにつきました。


おわり

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