第15話 図書森の譜とポポッコ

「図書森の譜とポポッコ」


 クリケットたちの読む本というのは、大概の場合大きな一枚の紙に小さな文字をたくさん書いて、その一枚、あるいは数枚の紙の束にしたものを言います。その本はみな大きな木の枝にかけられていて、葉の生い茂るように見える様子からそこは図書森と呼ばれていました。

 真っ黒な体に尖った口をしたクリケット・カラアリ・ポポッコはある時本を借りようと図書森にやってきました。以前の虹空豆みたいになにか育てて見たいと思ったのです。

「何がいいかな……銀龍の蓮? ……星の歌のジュースも自分で作ったことはないなあ」

 ブツブツと文字をなぞりながら本をまくって枝を歩きまわると、見慣れた影に出会いました。

「そこにいるのはトモトモかな?」

「ポポッコ、ひさしぶりだね」

 彼は白い卵のような姿をしたバイオリン弾きのクリケット・エガアイ・トモトモでした。友達のカラアリ・ピケットの姿もあります。

「あれ、ポポッコどうしたの?」

「君こそどうしたんだい、字が苦手だから図書森は好きじゃないっていってただろう」

「それは私のためなんです」

 トモトモは一枚の本を差し出しました。なにか曲の譜面だというらしいのですがどこか少しおかしいようです。

「なになに、『ある日私は虹色の霧に包まれ炎が走るようにすうっと進んでいきます』これじゃあ少し分からないなあ」

 何度も繰り返し読んでみますがどうやらこれ一枚だけでなく何枚か必要だということしかわかりませんでした。

「僕はトモトモに読んでもらって新しい曲づくりの手伝いをしていたんだ」

「これは古い曲みたいなんだけど、なにかいい案が浮かばないかと見ていたんだ」

 ポポッコは何度か譜面を口ずさみながら、「これ、どこかで見たことがあるみたいだ」と言いました。

「本当に!」

「でもこれは譜面じゃないな、僕にはなにかの育て方に見える」

「でもこれは楽譜でしょう? トモトモも何度も口ずさんでくれたし」

「さっきまで見ていた植物の育て方に似ているんだ。行ってみてみよう」

 ポポッコの案内で三匹のクリケットは植物の育て方が書かれている枝に来ました。

「ええっと、どれだったか……あった! これだよ」

 ポポッコの差し出した植物の本をトモトモは口に出して読み上げました。

「『その日私は虹色の靄の彼方にて炎の走るように進む光を見ました。』ううん、たしかに。さっきの楽譜と似ている部分があるね」

「でもこれはなんの育て方なの?」

「どうやら炎のスープを作るための香辛料の育て方らしいよ。すっごく辛いみたいだ」

「炎のスープ! あの頭から火が出るやつかい?」

「これはつまり、実を育てるときに音楽を奏でながら水をやるんだ。そうすればその日のうちにぐんぐん育つんだって」

「さっそくやってみよう!」

こうして三匹のクリケットは一緒になって香辛料の苗を買い、鉢に土を入れて植えました。

 トモトモがバイオリンを弾き、ポポッコが水をやります。ピケットは楽しみに待ちます。すると苗がひょこひょこ動き出し、にょろりと茎を伸ばします。曲が過激に苛烈になるほどぐんぐん育ち、どんどん実をつけていきました。曲が終わり、瑞々しい赤色の実をつけた植物を見てピケットは少しかじってみたくなりました。

「ねえ、これすごく美味しそうだよ。少し食べてみない?」

「だめだったらピケット。炎のスープに使うくらい辛いんだから。生で食べたら死んじゃうぞ」

 帽子トップハットを引かれるような思いのピケットを抑えながら、さっそく炎のスープを作ります。

「か……辛い!」

 ポポッコの頭から炎が立ち上ります。

「でもすっごく美味しいね!」

「僕はだめだ! 水がほしい!」

 ワイワイガヤガヤ、みんなそれぞれ頭から炎を上らせて炎のスープを楽しみます。

「普通に育てるのと変わらない、全く同じなのに音楽を聞かせるだけでこんなに早く育つんだ」

「虹空豆と真逆だねえ」

 みんなで熱い、辛いと言いながら、笑い合いながら炎のスープを食べました。


おわり

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