第9話 帽子とクラータ

「帽子とクラータ」


 ある風の強い月の晩、真っ白な毛を生やし口ひげを付けたクリケット・グラーモ・クラータがまた群れからはぐれて一匹で過ごしていました。びゅうびゅう吹く風も、クリケット・グラーモのふわふわとした毛に遮られなんともない様子です。

 風の中ちらちら輝く月を眺めながらどうにか知り合いの家か、群れの仲間に会えないかうろついていますと、ひときわ強く吹いた風がクラータの帽子トップハットを攫ってしまいました。

「あっ」

 ひゅうっと音を立てて、帽子はそのまま見えなくなってしまいました。

「どうしましょう……」

 帽子はクリケットにとってとても大切なものです。なぜ大切なのかと聞かれても答えることは難しいのですが、帽子は立派なクリケットのあかしです。クラータは泣きそうになりながら、風の中を一晩過ごしました。

 風の収まった次の日、必死になって探しても群れも帽子も見つかりません。

「困りました……。どうしましょう……」

 そこに、グラーモとは正反対に真っ黒な体をしたカラアリ・ピケットとポポッコが通りかかりました。

「あ、君はクラータだね。また仲間とはぐれたの?」

「いや、ごらんよピケット。彼は帽子がなくて困っているようだよ」

 尖った口先をついっとあげて、ポポッコは言いました。

「こんにちは、ピケットさん、ポポッコさん。いやなに、両方ですよ。仲間とはぐれて、帽子も飛んでいってしまったのです」

「昨日は風が強かったからねえ」

 ピケットは背伸びをしてぐるぐるあたりを見渡しました。

「クラータ、もしよかったら帽子を新調したらいいと思うよ。森の掲示板にそろそろ帽子屋が来るって書いてあったから」

「本当ですか。よかった、助かります」

 ポポッコも頷きました。

「帽子屋には毎回いろんなクリケットが集まるから、クラータの群れも見つかるかもしれないね」

 こうして三匹のクリケットは掲示板に書いてあった帽子屋のところに行きました。

 帽子屋には一人の人間が立っていました。

「こんにちはクリケットさんたち。新しい帽子をお求めですか」

「ええ、そうなんです。クリケット・グラーモに合う丁度いい帽子はありませんか?」

「ふむ、これなんかどうでしょう」

 帽子屋はいくつか帽子を取り出して次々とかぶせます。クラータは鏡を見ながら、うんうん唸って迷っています。どれも同じ黒く縁のある帽子で、人間からしたらまったく違いはわかりません。もちろん帽子屋とクリケットには分かりますが。

 ピケットとポポッコも互いにかぶせ合いながらくすくす笑いました。

 そのときです、

「おおい、クラータったら! どこに行ってたんだい」

 クラータの仲間のクリケット・グラーモたちがやってきました。

「これ、君の帽子だろう」

「ああっ! これこそまさに私の帽子!」

 一匹のグラーモがクラータに帽子をかぶせました。クラータは帽子をぐっと深くかぶると泣き出しそうになりました。

「やあこれはこれはよかったですね」

 帽子屋もにこやかに見守ります。

「本当に、仲間と帽子が両方見つかるなんて」

「まさか本当にねえ、言ってみるもんだ」

 ピケットとポポッコも笑い合いました。


おわり

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