第4話 新月酒とピケット

「新月酒とピケット」


「なんだって、満月酒がもうないだって!」

 蜜月酒屋にクリケット・カラアリ・ピケットの驚く声が響きました。

 満月酒はちいさないきものクリケットたちの大好きなお酒です。あの尊くまあるい形の満月のように満たされていて清らかで、月に一度、満月酒がつくられるとみんなで集まって宴会をひらくのでした。それもお月様の隠れる新月までもたないくらい、クリケットといういきものは満月酒が大好きなのです。

 ピケットは自分がどれだけ満月酒を愛しているか、真っ黒な尖った口をつんと上に向けて延々と語りますが、これも毎度のことなので、蜜月酒屋のカラアリ・ポピットはうんざりしながら聞いてました。そしてとうとう、参ったとでも言うようにピケットと同じ、カラアリ特有のとがった口先をピケットに近づけ、そっと囁きました。

「わかったよ。誰にも言わないって約束するなら、明日、満月酒のかわりを飲ませてやるよ」

「満月酒のかわりなんてあるもんか」

 ピケットはぐずぐず言いましたが、どうしてもおいしいお酒が飲みたくて我慢が出来ませんでした。

 次の晩、お月様のなくなってしまう新月に、どうしておいしいお酒が飲めるだろうと思いながら明かりを持って蜜月酒屋まで歩いていました。その途中、ともだちのカラアリ・ポポッコにあいました。

「やあピケット、ポピットのところにいくんだろ」

「なんで知ってるの? ポポッコ」

「ぼくもたまに行くんだよ。誰にも秘密だから言えなかっただけさ」

「なあんだそうなの」

 蜜月酒屋までつくと、二階のテラスでポピットが銀水晶でできたグラスを三つ用意して待っていました。

「やあ、よく来た。さ、明かりを消してくれ」

「本当に? まっくらだよポピット、明かりをつけないの?」

「静かにしてな、いま酒が出来上がるから」

 グラスに注がれたのはただの水でした。

 それでも三匹がじっとみていると、グラスの中にあの美しい満月が浮かび上がったのです。

 ピケットがわあっと声をあげようとするのをポポッコがおさえます。そして三匹、しずかに銀水晶の満月を飲み干したのでした。

「あれはね、静かな銀水晶の器の中にしか映らない、特別な満月なんだよ」

 ポピットがいいました。

 こうしてピケットは満月酒が飲めなくなっても大さわぎすることなく、本当にときどき、特別な気分なときに銀水晶の新月酒を飲みにいくのでした。


おわり

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