第3話 エガアイとピケット

「エガアイとピケット」


 ある晴れた日、クリケット・カラアリ・ピケットは散歩をしていました。クリケットはちいさいいきもの全般のこと、そしてカラアリはその中でも全身真っ黒で、口先が尖ったもののことを言います。

「月夜ヶ池の月はおしかったなあ。また今度釣りに行こう」

 なんてことを考えています。このカラアリ・ピケットはまだ月を釣ることを諦めていませんでした。

 するとその時、奇妙な音が聞こえてきました。なんとも言えないその音は階段を登り降りように音を変えながら高くなったり低くなったりしています。

「これは誰か、楽器の調律をしているのかな」

 ピケットはガサガサと背の高い草をかき分け、音のする方へ歩いていきました。クリケットは音楽が好きな生き物ですから。

 少し開けた所に、一匹のエガアイがバイオリンを持って立っていました。エガアイは真っ黒で口の尖ったカラアリと違って白くつるりとした卵型で、大きな目が一つだけついています。

 エガアイはピケットが近づいたことに気づくと、バイオリンを鳴らすのをやめて、こちらを見ました。

「や、はじめまして。私はエガアイ・トモトモです」

「はじめまして、僕はカラアリ・ピケット」

「先程のを聞いていましたか、お恥ずかしい」

「なんで? とても綺麗に弾けてたじゃない」

 トモトモはもじもじとしたまま、下を向いていたのですが、なにか決心したらしく、ピケットに話しかけました。

「ピケットさん、すみませんが今日の晩、演奏会を開くので、どうか来てはくれませんか?」

「演奏会? いいよ、今日の晩だね」

「ええ、今日の晩、ここで」

「いいよ、わかった」

 ピケットは演奏会と聞くと嬉しくてたまらなくなりました。そして日が落ち、月がのぼり始めます。ピケットは空紫の実やなんかを手土産に、嬉々として昼間の開けた場所に駆けつけました。けれども、そこにはトモトモ以外誰もいません。

 しかしトモトモはピケットが来たのを見ると切り株の上に立ち、一礼して、バイオリンを構えました。そして弾かれたのは、またなんとも言えない楽しさや、嬉しさ、喜びに満ちた美しい曲でした。ピケットはもう楽しくてぴょんぴょん跳ねたり踊ったり、それはとても良い演奏会だったのです。

 曲が終わり、トモトモはまた一礼してバイオリンを片付けました。

「すごいね、トモトモ。とてもいい音楽だったよ」

「ありがとう、ピケットさん」

「でもどうして聞いているのが僕ひとりだけなの?」

「はい、実は私は」

 トモトモはもじもじとして言います。

「演奏会を開いたことがなくって」

「今日が初めての演奏会なの?」

「はい」

「うわあすごいや。こんな演奏、ひとりじめするなんて!」

 ピケットはまたぴょんぴょん飛びます。

「ねえトモトモ、とてもいい曲だったよ。僕ひとりで聞くのはもったいないよ。僕の友達も、友達じゃないひともみんな呼んで聞かなくちゃ」

「ほんとうに、そうでしょうか」

「ほんとうに、ほんとうだよ」

 二匹は嬉しくなって跳ねて踊りました。月は笑ってみておりました。

 そうしてしばらくすると、森の掲示板に『エガアイ・トモトモ 演奏会』の紙がはられるようになりました。みんな楽しく踊って、とても良い演奏会と評判になりました。


おわり

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