第21話
翌日。
いつも通りコインランドリーへ行くと、初めて見るチラシがあった。
それは近くでやる花火大会のチラシだった。
昔、家族と行ったことを思い出す。浴衣を着せてもらうのが嬉しかったっけ。
思い出に耽りながら洗濯機を回す。
もうここに来るのも、あとわずか。
先日、両親が洗濯機を無事に購入し配達待ちなのだ。
「だから今日こそ、ちゃんと話をしないと」
このタイミングを逃したら、2学期が始まってしまう。
学校ではきっと話しかけられないから、自然に話せるあの帰り道が一番いいと思っていた。
洗濯機から絡まった洋服たちを取り出し、解きながら袋へ戻していく。
最初は時間がかかったけど、洗濯機への入れ方を工夫するようになってからさほど大変ではなくなった。
やはり、こういうのは回数を重ねていくと上達していくものなんだな。
家に洗濯機が届いたらすぐやらなくなると思うけど。
前かごに袋を詰めていると、後ろから声をかけられる。
「おつかれ」
「あ、二階堂くん。今日早くない?」
「なんか早上がりしていいって言われた。はい、」
いつも通り、コンビニ袋を私に渡す彼。
それに対し、いつも通りハンドルを彼に託す私。
そしてそのまま、いつもの道を歩き出す。
いつもと同じ他愛もない話をして、気づけば家の近くの公園まで来ていた。
チャンスはたくさんあったのに、まだあのことについて触れられていない。
どうしよう、今日を逃したら話せないかもしれない。
それだけは、絶対に嫌だ。
「はい、自転車」
いつもの場所で自転車を渡される。
「ありがと」
いつも通り、それを受け取る。
「どしたの?」
「え?」
「なんか、いつもと違うから」
「あー、うん。ちょっと、考え事、というか・・」
ちゃんと言わなきゃ。
ちゃんと聞かなきゃ。
身体中に力を溜めて、ぎゅっとハンドルを握りしめる。
「あ、あの・・!」
思ったより大きな声が出てしまい、彼の肩がビクッと揺れた。
「びっくりした・・」
「あ、ごめん。びっくりさせるつもりはなくて・・その・・」
うまく言葉にならない。
頭では言葉がたくさん浮かんでるのに、どれを選択したらいいのか考えられない。
二階堂くんは、表情を変えることなく私の言葉を待ってくれている。
「一回、洗濯物だけ置いてきたら?」
「え?」
「俺公園のベンチで待ってるから。一回置いてきなよ」
「あ、うん。そう、する・・」
きっと何かを察してくれたのだろう。
いつもだったらあのままバイバイなのに、私がずっと言葉を言い淀んでいるから。
それか、感情が全て顔に出てしまっているからなのか。
とにかく、一旦落ち着こう。
家に戻って、考えを整理して言葉を整えよう。
一度家に戻り、自転車を置く。
洗濯物を部屋に置き、もう一度外へ出る。
玄関を出て、深呼吸をする。
さっきより心音が落ち着きを取り戻した。
その時、足元に何かが触れた。
「あ、カリィー」
しゃがみ込み、擦り寄ってきたモフモフの天使を撫でる。
私の手に吸い付くように身体を捩り、小さく鳴く。
「カリィー、私これから大事な話をしてくるの。ちょっと勇気が必要なんだけど、応援してくれない?」
相変わらず彼は彼の言葉でしか話してくれないけど、なんとなく励まされた気がした。
「よし、じゃあ行ってくるね」
天使にそう伝え、待たせている彼の元へ向かった。
「ごめん、お待たせしました」
「ん」
静かな公園のベンチに座る彼に声をかける。
街灯が少ないこの公園は、この時間だと本当に真っ暗だ。
夏の虫の声と、たまに走る車の音。そしてちょっと生温い風の音が耳に触れる。
「座れば?」
「あ、うん」
さっきまで隣で普通に話せていたのに、途端に緊張が襲ってくる。
少しだけ彼との距離をとり、腰掛けた。
「嘉神の家、洗濯機いつ買うの?」
「もう買ったらしくて、届くの待ってるって言ってた」
「じゃあもうコインランドリー行かないんだ」
「うん、あと数回だと思う」
「そ。よかったじゃん」
「うん」
何がよかったんだろう。
全然、全くもって良くないよ。
もう一緒に帰れなくなっちゃうのに。
学校始まるまで、会えなくなっちゃうのに。
なんだか、急にイライラしてきた。
もしかして、これだけ緊張しているのは私だけ?
この帰り道を楽しみにしているのも私だけ?
あの件に対してずっとモヤモヤしているのも私だけなのかもしれない。
そう考えたら、なんだか緊張しているのも彼に変に気を遣おうとしているのも可笑しくなってきた。
張りつめていた糸が、急に緩んだ。
「え、なんで笑ってんの?」
「なんか、可笑しいから」
「何が?おかしなこと言ってなくない?」
「うん、言ってないよ」
「じゃあなんで笑ってんの」
「可笑しいのは二階堂くんじゃなくて私だから」
「別に嘉神だって変なこと言ってないじゃん」
「今から変なこと言おうとしてるんだよ」
私の意味不明な発言が続き、困惑している二階堂くん。
今はその表情すら、おかしく思えてしまう。
いろんな感情が解けた今なら、きっと素直に話せる気がする。
「二階堂くんに聞きたいことあったんだけどさ」
「ん」
「山田くんから、夏休み前に私の連絡先聞かなかった?」
「聞いた」
なんだ。
やっぱり、知ってたんじゃん。
連絡先知らないなんて、嘘だったんじゃん。
思いのほか、言葉という鈍器に耐性がないようだ。
視界が、歪み出した。
「連絡先知らないなんて、嘘つかないでよ」
「嘘ついてない」
「だって山田くんから聞いてたでしょ?」
「聞いた」
「じゃあ知ってて連絡くれなかったんでしょ?それとも聞いたこと忘れてたとか?」
言葉を選ぶ余裕がなく、息を吐くタイミングと同時に出てきてしまう。
攻撃したいわけじゃないのに。話がしたいだけなのに。
「忘れてない」
「嘘」
「嘘じゃない」
握っている拳が痛い。
「これ、見て」
彼は徐に携帯の画面を見せてきた。
そこにはメールの送信画面が写っていた。
「メール?」
「俺、送ったから。山田から聞いたアドレスに、その日に」
もう一度画面を見ると、そこには、
『送信先:嘉神』と表示されていた。
日付は、テストが始まる前。恐らく、山田くんたちとの勉強会があった日だろう。
「送ったけど、ずっと返事ないから。知らないのと一緒だろ」
「返事ないって・・・だって届いてないから・・、あ」
二階堂くんにもう一度山田くんから送られてきたメールを見せてもらう。
『嘉神さんのアドレス送っとくわ。ちゃんと連絡しろよ〜』という本文とともに私のアドレスが記載されていた。
「やっぱり山田くんって、天才なのかもしれないね」
「は?」
「このアドレス、変更前のやつ」
「・・・え?」
「山田くんとアドレス交換した後に迷惑メールが多くなって変えたの。山田くんにも当然変更したってメールしたんだけど、見逃してたみたいだね」
「じゃあ、届いてないってこと?」
「うん。届いてたらすぐに返事したもん」
「・・・・山田まじでムカつく」
力が抜けたのか、頭を抱えながらベンチに腰掛けなおす彼。
そんな彼を見て、私も隣に座り直す。
「私、山田くんに連絡先を伝えてって言ってからずっと待ってたんだよ」
「俺だってずっと返事くるの待ってた」
「2人して、ずっとお互いのせいにしてたんだね」
「もはや山田のせいだけどな」
「山田くん自身は、キューピットだと思ってるよね」
「俺には頭の悪い悪魔にしか見えない」
「頭の悪さは今関係ないでょ」
「だってあいつテスト散々だったらしいから」
「えー、あんだけ勉強会したのに」
「それもムカつく」
「え?」
「いやなんでもない。というか、今のアドレス教えて欲しいんだけど」
少し前の会話がよく聞こえなかったけど、携帯を向けられたので私もポケットから携帯を取り出した。
「はい、これが新しい今のアドレス。これなら届くと思うから今なんか送ってみてもらっていい?」
「ん」
そのまま携帯を操作する二階堂くん。
なんか、夢みたいだな。
ほんのちょっと前まで、心が壊れそうなほど悲しかったし、大声を出したくなるほど怒りが込み上げていたのに。
人間はこんなにも感情に振り回される生き物なんだなと高校生になって初めて知った。
いや、人間だからこそ感情に振り回されることができて、その時々の感情で生きていることを実感するのかもしれない。
哲学とかなんとか理論とか、好きじゃないけど。
「送った」
携帯画面から目線を外し、こちらに“送信しました”の画面を見せる。
すると、その数秒後に私の手元からずっと聞きたかった音が鳴る。
誰から届いたかわかっているのに、待ちに待ったこの瞬間にまた心臓が煩く弾む。
そのまま、受信したメッセージを開く。
そこには。
『やっと届いた。二階堂』
たった一文、それだけが記されていた。
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