第7話



母に今から帰ると連絡を入れ、自転車に跨る。






しかし、前かごの重さにうまくハンドル操作ができず転倒しそうになった。








「はあ・・。転んで痛い思いするのも嫌だし、近いから歩くか」








ここで頑張って乗れたとしても、この年で膝を擦りむいたりはしたくない。






地味にシャンプーなどが染みるあの感じが昔から大嫌いなのだ。






それに、膝に絆創膏を貼っている姿を誰かに見られたら恥ずかしすぎて多分死んでしまう。








「まあ、誰かに会う予定そもそもないんだけどね」








バランスが崩れないよう、家の方向へゆっくりと自転車を転がした。










普段から歩いている道だけど、やっぱり夜というだけで少し違う感じがする。






何が?と聞いてくる人とは仲良くなれないと最近気付いた。












夜風の匂いを嗅いだり、目を瞑って歩いたり。






誰にも見られていないと思うと、思いつきでいろんなことがしたくなる。






本当は大声で歌いたいけど、それはさすがにやめておこう。






もしかしたら、自分が気づいていないだけで近くに知り合いがいるかもしれないし。










「ま、さすがにこの道で会うことはないでしょ」










そうだ、スキップして帰ろう。






家まで何歩で帰れるか、スキップした回数を数えてみようかな。






そんなことを考え、片足を上げていざ1歩目を踏み出そうとした時だった。




























「あ、嘉神じゃん」




































聞き覚えのある声が夜風の隙間をくぐり抜け、一直線に私の鼓膜に到着した。






どうしよう、この上げてしまった片足の言い訳が全く思いつかない。








「足、どうしたの?痛いの?」








「え!あー、うん。なんか、ちょっと、捻った?みたいな感じ??」








自分でも驚くくらい下手くそな愛想笑いが出た。多分上がっていた片足より気持ち悪い。






でも、向かい側から近付いてくる黒い影は本当に私が足を捻ったと思っているようだ。






まずい、どうしよう。






捻ったどころか今からこの足でご機嫌にスキップを始めようとしてたなんて絶対言ってはいけない。








「捻ったん?平気?」








「あー平気平気!自転車だし、乗れば全然帰れるし!」








1秒でも早くこの場を去らないと。とにかく、早く。






このダサい部屋着とボサボサ頭と嘘ついてますという顔を隠さなければ。












相手のシルエットがくっきり見える前にその場を去ろうと急いで自転車に跨がりペダルに足をかける。








「じゃあ、またね!」








来た道を戻るようにくるっと自転車を回転させ、全く痛くない足で思い切り踏み込んだ。






しかし、さっきまでなぜ自分が自転車を押して歩いて帰っていたのか、その理由を忘れていた。




















「あぶな。大丈夫?」












案の定ハンドル操作ができず、転びそうになる。






その体勢を立て直す頃には、彼のシルエットがはっきりと見えていた。








「あー・・うん。だい、じょうぶ」










もう最悪だ。












「洗濯物・・?あぁ、あそこのコインランドリー行ってたん?」








「うん、家の洗濯機さっき壊れちゃったから」








昔家族とテーマパークに行った時に買った大きなバッグで洗濯に来たことを後悔した。








「嘉神、家この辺なの?」








「そうだよ。公園の裏」








「そんな近くに住んでんだ。俺、コインランドリー通り過ぎてちょっと先のコンビニでバイトしてんの。今ちょうどバイト帰り」








そう言うと彼は手に持っていたコンビニのレジ袋を見せてきた。








「バイト、お疲れ様。そこのコンビニだったんだ。すごいね、1年生からバイトなんて」








「別にコンビニなんてすごくねぇだろ」








「いや、私体力ないからすぐクビになると思う」








「それは今のハンドル捌きでなんとなくわかるわ」










馬鹿にされた、と思った時には私の手からハンドルは離れ、彼が自転車に跨っていた。












「え!ちょ、ちょっと。大丈夫だよ。押して帰るから」








「いーじゃん。俺の家もこっちだし」








そう言って彼はレジ袋から出したアイスをかじりながら歩き出す。










そして、私の手にも同じアイスが握られていた。

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