旅先で綺麗な女性を助けたら、俺の人生が変わった
春風秋雄
岐阜の温泉街での出会い
冬が近づき、薄手のジャンパーでは心もとなく、もう少し厚手のジャンパーにすればよかったと後悔しながら、温泉街の夜を探索していた。ここは岐阜県の山奥にある温泉街。俺はひとりでここに来ている。今日で2泊目だ。俺は矢嶋秀人43歳。名古屋にある法律事務所のパラリーガルをしている。簡単に言えば弁護士の助手だ。弁護士のように高収入ではない俺が、平日に4泊の予定で、しかもこの地域では一流と呼ばれる旅館に泊まっているのは、それなりに理由がある。15年間連れ添った妻が不倫をし、この度離婚が成立した。職場の弁護士先生が代理人としてすべて対応してくれた。その際の慰謝料が妻と相手方の男から支払われたので、口座には数百万円というお金が入っている。事務所も今回の案件で潤ったので、傷心旅行にでも行ってこいと、有給休暇をくれたのだ。先生からは草津温泉や有馬温泉を勧められたが、カップルが多そうな場所は嫌だったので、ここの温泉を選んだ。
室町時代にこの地の温泉を広めたと言われる僧の銅像を通りかかったとき、銅像の側でしゃがみこんでいる女性が目に入った。若い頃の「檀れい」を思わせるような美人なのだが、どこか哀愁が漂っていた。大きなキャリーケースを横に置いているので旅で来ているのだろうが、こんな時間に荷物を持ったままというのは不自然だ。これからチェックインという雰囲気ではないし、かと言って、今から帰るというには遅すぎる時間だ。予定の電車に乗り遅れたのかなと思い、声をかけてみることにした。
「どうかなさいましたか?」
女性は驚いたように顔をあげ私をみた。その顔は何かにおびえているようでもあり、体調が悪いようにも見えた。
「お体の調子が悪いのですか?」
「いえ、大丈夫です」
女性は下を向いて答えた。
「これからチェックインですか?旅館の場所わからないのであれば案内しましょうか?」
「いえ、おかまいなく」
あきらかに警戒されてしまった。仕方なく、俺は財布から名刺を1枚出した。
「怪しい者ではありません。私はこういう者です」
女性の目の前に名刺の文字が読めるように差し出した。
「弁護士さんですか?」
女性は名刺を受け取りながら言った。
「いいえ、法律事務所で働いていますが、弁護士ではなく、パラリーガルといって、弁護士の助手をしているのです」
「法律にお詳しいのですか?」
「弁護士ほどではありませんが、それなりに勉強はしています。何かお困りごとですか?」
女性は黙り込んでしまった。それより、女性の服装は、この季節にしては薄着のようで、寒そうだった。
「そんな格好では寒いでしょう?どこかお店に入りましょうか」
そう言って、私は女性の腕をとり立ち上がらせると、荷物を持ってあげた。私が法律関係の仕事をしているということで信用してくれたのか、女性は素直に付いて来た。
近くの観光客向けの食事処に入り、一品料理を3点とビール。そして女性はまだ食事をしていないというので、お茶漬けを注文した。
温かい料理と少しのアルコールで、女性の気持ちもほぐれたのか、自分のことを少しずつ語ってくれた。
女性の名前は工藤雪江さん。現在38歳とのことだ。出身は三重県で、東京の専門学校に進学してから東京で就職し、旦那さんと知り合い結婚。専業主婦となり、千葉県にある旦那さんの実家で、義両親と4人で暮らしていたが、子供が出来ず、姑から、かなりいびられていたそうだ。4年前に義父が他界し、姑の嫁いびりはますます酷くなり、旦那に助けを求めても相手にしてもらえず、それどころか、旦那は2年くらい前から浮気をしていて、半年前にその女に子供を産ませたとのことだ。それを知った姑は相手の女と子供に会いにいったが、会うと初孫が可愛くなって、雪江さんを追い出し、その女と子供を家に入れようと画策しだした。そしてとうとう先日、姑と旦那は雪江さんに離婚しろと迫ってきて、離婚届と50万円の手切れ金を突きつけたらしい。雪江さんは、はらわたが煮えくり返ったが、この家にいても辛いだけだと、50万円握り締めて家を飛び出したのが2週間前。雪江さんの両親は他界しており、頼れる親戚もいないので、安いホテルを転々としながら、仕事と住む場所を探したが、保証人がいないとどこも雇ってくれず、定職がないとアパートも借りられず、このままだと50万円もあっというまになくなってしまいそうだったので、高校時代の友達が岐阜の温泉旅館で働いていたのを思い出し、旅館の仕事を紹介してもらおうと思い立ったとのこと。旅館の名前は忘れたが、一度旦那と泊りにきていたので、現地に行って見ればわかると思い、ここまで来たが、旅館を訪ねてみたら、友達は数年前に辞めており、所在は不明とのこと。働かせてほしいと願い出たが、不景気で人を増やす余裕はないと断られた。というのが経緯らしい。
「それで、今日はこれからどうするんですか?どこか泊めてくれる旅館を探しましょうか?」
「こんな時間から泊めてくれるんでしょうか?それに、旅館だと宿泊代は高いでしょ?」
「安いビジネスホテルもあるかもしれませんよ」
「どうすればいいんでしょうね。今日のこともそうですけど、これから私はどうすればいいんでしょうか」
「法律的な観点から言えば、旦那さんに色々請求は出来ますね。50万円では少なすぎます。住む場所もないのに追い出すなんて言語道断ですからね」
「何とかなるのでしょうか?」
「まあ、やり方は色々ありますね。何はともあれ、こんなところで行き倒れては仕方ないので、ちゃんと寝るところを確保しましょう。今日はもう遅いので、明日もう一回会って、色々アドバイスしてあげますよ」
「あのう、・・・」
「何でしょうか?」
「矢嶋さんが泊まっているところに、私も泊まらせてもらうわけにはいきませんか?」
「俺が泊まっている部屋にということですか?」
「明日もう一度会うにしても、私携帯電話も持っていなくて、連絡出来ないのです。少しくらいならお金出しますので」
「男の部屋に泊まるのに抵抗はないのですか?」
「矢嶋さんが声をかけてくれるまで、私、あそこにしゃがんで色々考えていました。あの橋から飛び降りて、もうすべてを終わらせてもいいかなと思っていました。でも、矢嶋さんに声をかけてもらって、色々話を聞いてもらって、少し生きていく光が見えてきました。だから、一緒の部屋に寝て、矢嶋さんが、そういうことをしたいと思うのなら、私は何も抵抗しません。黙ってされるがままになります。ですから、泊めてもらえないですか?」
そこまで言われると、じゃあやらせてもらいますとは、なかなか言えるものではない。仕方ないので、俺は旅館に電話をして、連れが急遽来たので、今晩から宿泊は二人になったと伝えた。
宿に戻り、形式的に雪江さんに宿帳を書いてもらい部屋へ入ると、すでに布団が二組くっつけて敷いてあった。今回は予算を気にしない旅行だったので、部屋は露天風呂付の部屋にしていた。俺は夕食前に風呂に入っていたので、雪江さんに風呂を勧めた。雪江さんが風呂に入っている間に、俺は二組の布団を離しておいた。そして浴衣に着替え、風呂から遠い布団に潜り込んだ。
雪江さんは風呂からあがって、布団が離してあるのを見て少し驚いていたが、俺は「今日は疲れているでしょうから、話は明日にしましょう」と言って電気を消した。
翌日、雪江さんから離婚時の詳しい状況を聞いた。離婚届にはサインしたが、離婚協議書は書いてないとのこと。つまり離婚に関する条件は具体的には話し合われてないということだ。俺は相手方の不貞行為による離婚なので、慰謝料請求ができること、慰謝料請求は離婚後でも3年以内であれば可能であることを伝えた。ついでに俺がこの温泉に旅行へきた経緯も話した。雪江さんは似たような境遇の俺に心底同情してくれた。
雪江さんは俺のアドバイスを聞いて少し安心したのか、俺と一緒に観光にもつきあってくれ、それなりに笑顔も出てきた。雪江さんの笑顔はドキッとするくらい美しかった。
名古屋の事務所に電話をし、ことの詳細を弁護士先生に説明した。代理人を引き受けるのは良いが、着手金は払ってもらえるのか?と聞くので、それくらい俺が払いますと言ったら、早速準備すると言ってくれた。また、働き口についても、本人に会って間違いない人物だと判断できたら何社か知り合いの会社に話をしても良いと言ってくれた。電話の切り際に先生は「その人、美人なのか?」と聞くので、俺は雪江さんに聞かれないように「美人です」とこたえたら、「なかなか良い旅になっているようだな」と笑っていた。
雪江さんには弁護士先生が代理人を引き受けてくれること、仕事も知り合いの会社を紹介してくれそうだということを伝えると、非常に感謝してくれた。
あとは住む場所だけなので、この旅行が終わったら一緒に名古屋に行って、住む場所を探すのを手伝ってあげることを約束した。最悪は俺の名義で借りて住まわせても良いと思った。
ひとつひとつ不安が取り除かれていくと、二人して温泉旅行を楽しめるようになった。雪江さんはどんどん明るくなり、俺も元妻の不倫とかどうでもよくなっていた。
岐阜滞在4日目、つまり雪江さんと会って3日目になると、二人はまるで夫婦のように観光めぐりを楽しんだ。徐々に雪江さんの人柄に惹かれていくのが自分でわかった。
岐阜滞在最後の夜、いつものように俺が先に風呂に入り、入れ替わりに雪江さんが風呂に入っている間に俺は布団を離した。そして風呂から遠い布団にもぐりこんで背を向ける形で寝ていると、風呂からあがった雪江さんは電気を消して、俺の布団にもぐり込んできた。そして俺の背中に抱きついてきた。
「今日で最後ですので、こうやって寝させて下さい。矢嶋さんには本当に感謝しています。岐阜に来て本当に良かった。矢嶋さんに出会えて本当に良かったと思っています。でも今こうしているのは、感謝とかそういう気持ちではなく、私がこうしていたいから」
俺はもう我慢できなかった。雪江さんの方へ向き直り、雪江さんの唇にキスをし、力いっぱい抱きしめた。雪江さんもそれに応え、二人はむさぼるようにキスをした。浴衣の合わせ目から手を差し込むと、雪江さんは切ない声をもらし、俺の背中に回している手に力を込めた。
どれほど交わっていたのだろう。汗だくになった二人は汗を流すため、風呂に向かった。足元がおぼつかない雪江さんのために手を繋いで露天風呂に入った。ほてった顔に冷たい夜風が気持ちいい。月明かりに見る雪江さんの横顔はとても綺麗だった。
「雪江さん、名古屋に帰ったら、一緒に住む場所を探すと約束しましたよね」
「はい」
「あの約束、なしにしてもらってもいいですか」
一瞬で雪江さんの顔が引きつった。
「それで、俺のマンションで一緒に暮らしてもらえませんか?」
雪江さんの目には、みるみる涙がたまり、返事の代わりに俺にキスしてきた。
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