第29話 海

 俺たちを乗せた馬車が走っている。

 町並みが遠ざかり、海風の香りが強くなってきた。

「ねえ、健! あっちに見えてきたの、海じゃない?」

「ああ、そうだな」


 木が少なくなり、草が生えている道の先に、輝くものが見え隠れしてきた。

 そして、そのきらめきはだんだんと広さを増していく。

「うわあ、海だね!」

「ああ、海だな」


 馬車が走っていく先に、町の入り口が見えてきた。

 看板には『海辺の町ウォークへようこそ!』と書いてある。

 馬車が止まった。

「みなさま、お疲れさまでした。ウォークの町に到着しました」

 馬車に乗っていた客たちが次々に降りていく。


「思っていたより近かったね、健」

「そうだな」

 俺と大翔は荷物をもって、泊まれる宿を探し始めた。


「……そうですか。わかりました……」

 大翔は浜辺の近くの宿の受付で、しょんぼりしている。

「健、ここも満室だって」

「そうか、俺が聞いた宿もダメだった」

 俺たちは宿を予約していなかったことを反省した。


「あ、あそこに案内所の看板があるぞ? 大翔、行ってみよう」

「うん」

 俺たちは案内所に行き、座っていた男性に声をかけた。


「すみません、いまから泊まれる宿ってどこかご存じですか?」

「ああ、君たち観光で来たのかな? そうだな、今空いていそうな宿は……ここかな?」

 そういって男性はこの町の地図を出して、浜辺から少し離れた宿に丸を付けて俺たちに渡してくれた。

「ちょっと浜辺から遠くなっちゃうんだけど、悪い宿じゃないよ」

「ありがとうございます」


 俺たちは紹介された宿のほうに歩き始めた。

 10分くらい歩くと、少しぼろい宿が見えてきた。

「あそこかな?」

「大丈夫か? けっこうさびれた雰囲気だが……」

 俺たちが宿の前で躊躇していると、中から人が現れた。


「あら! お客様!? ホテル・ザ・サンへようこそ!」

 ショートカットで日焼けした若い女性が俺たちに声をかけた。 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る