DNA的に家族

Tempp @ぷかぷか

第1話 DNA的に家族

 2052年8月2日。俺の18歳の誕生日。

 両親と祝う少し豪華な晩飯と成人おめでとうの言葉。18にもなってなんだか気恥ずかしい。

「ありがとう、ほんとに」

「夏彦も立派な大人だな」

「そんなしっかりもしてないでしょうに」

 蝋燭を吹き消して小さなケーキを切り分ける。酒が好きなパパの好みががっつり反映された、4号サイズのラム酒たっぷりの洋梨とレーズンのタルト。

 けれどもそのお祝いが終わって食卓が片付けられると、父さんは急に真面目な顔になった。

「夏彦と2人だけで話がしたいんだ。パパは少し席を外して欲しい」

「わかった」


 少し不審げな顔をしてリビングを出るパパの姿をしっかり確認してから父さんは切り出す。

「夏彦、お前に隠していたことがある」

 少し俯き加減で眉根に皺を寄せた父さんの真剣な様子にごくりと喉が鳴る。

「成人したからそろそろ話してもいいかと思って」

「うん」

「その、実はお前は俺とパパの本当の子供じゃないんだ」

「うん、それで?」

「知ってたのか⁉」

「知ってたというか常識的に」

 驚いたように固まる父さんに逆に混乱する。そういえばこの人、生真面目だけどド天然なんだ。

 呼称からもわかる通り、俺の両親は2人とも男だ。高校で化学教えてる父さんと生物学者のパパ。男同士で生物学的に子供ができないことなんてよく知ってるだろうし当たり前だ。


 今世紀に入ってしばらくして同性婚が認められ、戸籍上も俺は2人の実子と表示されているが、もともとは誰かの子か両親どちらかの子を養子にしたはずだ。色々な配慮で同性婚の場合は生物学的な親は表示されないことになっている。

「あ、俺の生物学的な親の話? わかるの?」

「いや、わからない」

 孤児院や紹介者経由で養子となった場合、両親にも知らされないことが多い。完全に前親との関係性を断つ方がいいケースもあるから。だから別に知らなくてもおかしくはない。それに俺にとっては二人が両親なのは変わらない。顔立ちなんかは父さんに似ていると言われるし、体つきはパパに似ていると言われ、そんなもんかと思っていた。

 今更生物学的な親と言われても。

 でも父さんの答えは斜め上だった。

「お前はパパが入院してた時、俺が病院でさらってきた子だ」

「ハァ⁉」

「廊下で泣いていたお前を」


 攫ってきた、だと?

 いや、おかしいだろ。それに雑すぎるだろ⁉ 何故バレてないんだ⁉ 意味がわからん。

「それでだな、その時は父さんもテンパってたんだ」

「テンパるにも程があるだろ⁉」

「パパがラリってる時でさ、なんで俺の子供を産んでくれないんだって散々騒いでて。養子も考えたけど、俺は俺かパパの子供以外、愛せると思えなかったんだよ」

「あぁ」

 パパはメンタルは乙女なところがあるからな。たまに不安定になってよくわからない所業に及ぶことがある。普段は雄々しいのに。

「ひょっとして父さんは俺のことが好きじゃない……とか?」

「いや、断じてそんなことはない。実際お前を育ててたら可愛くて可愛くて仕方なかった」

「なら、よかった」


 俺はほっと胸を撫で下ろす。病院で拉致してきた子というのも衝撃だが、俺は一応は愛されて育った自覚がある。それを否定されたらどうしようかと思ったところだ。

「でも夏彦を産んだ親は別にいる。いるはずなんだ。何故俺が逮捕されてないのかわからないんだが、お前が可愛いぶん余計にずっと申し訳なく思っていた。だからDNAを調べて欲しい。お前を今も探しているなら登録があると思って」


 そういえば父さんは馬鹿がつくほど真面目な人だった。今は行方不明者の捜索名簿にはDNA情報を添付するのが一般的だ。だから俺が探されてるならきっと登録されているだろう。父さんはずっと悩んでたんだろうな、そんな感じ。

 でも。

「俺の両親は父さんとパパだよ」

「わかってる。ありがとう」

「それに誘拐がバレて父さんが捕まる方が嫌だ」

「だがしかし、俺はお前の本当の親の幸せを奪ってしまった」

「パパはどう思ってるのさ。俺よりパパだろ」

「パパは……よくわからない。混乱中にお前の実子登録をしたから普通に実子だと思ってる……と思う。言い出せない」


 まぁ、実子と思っていたら誘拐してきた子だと知ったらパパ荒れそう。

「じゃあさ、調べるだけ。父さんが捕まってないなら探されてないのかも」

「わかった。ありがとう」

 父さんはほっとため息を付いて、用意していた検査キットを俺に渡す。髪の毛一本いれるだけですぐに結果が出る。

 そのデータで名簿を検索。DNA情報は個人情報の極みだから、入力だけなら相手に送信されることはない。親で検索をかけると1人、俺のDNA情報を探している人が見つかった。正確に言うと、遺伝子情報的に俺の親である可能性が極めて高い人、が俺を探しているという情報だ。

「どうしよう1人いる」


 倒産は頭を抱えてうずくまった。心なしか顔が青い。

「夏彦、父さんは罪の意識で倒れそうだ。連絡してほしい」

「俺の両親は父さんとパパだけだってば。戸籍上もそうだろ」

「だが」

 父さんは勝手にモニタの連絡ボタンをタッチした。

「何てことを! 父さん、どうなるかわかってるの⁉︎」

 これでこの人に連絡がいってしまったじゃないか! 父さんが捕まったらどうしたらいいんだ⁉ 父さんを溺愛してるパパがぶっ壊れる。メンタル壊れたパパの面倒なんて俺には見れないぞ⁉

 そう思うとドカッとリビングの扉が蹴り開けられ、血相を変えたパパが部屋に押し入ってきた。

「父さん! 気づいたのか⁉」

「まてパパ、何のことだ」

「夏彦のDNA調べただろ⁉」

「何故それを⁉」

「連絡が来た。夏彦は俺の子なんだ」


 訪れる沈黙。

 痛い。沈黙が痛い。

 何が何だかわからない。俺は病院で拾われた子なのでは? 父さんはドッキリができるような性格じゃない。父さんは本当に俺を拾ったんだろう。

 そして父さんが出した結論はやはり斜め上だった。

「パパの……? まさか浮気……?」

 クラクラとソファに崩れ落ちる父さんをパパがグーで殴り飛ばす。

「馬鹿野郎! 俺が浮気するわけないだろ! 俺には父さんだけだ!」

「パパ落ち着いて父さんが死ぬ」

 慌てて引き剥がす。俺がそれなりに育っていてよかった。確かに体格を考えれば俺がパパの子で間違いはない。そして父さんは鼻血を噴いてのびた。

「夏彦は俺と父さんのDNAを合成して作ったんだ」

「「えっ?」」


「父さんが自分の子じゃないと嫌っていうからこっそり作って廊下において……。でも普通に可愛がってたから言い出せなくて……」

 だんだん小さくなるパパの語尾。

 いやそんなことよりクローンとかDNA合成は違法だろ。バレたらパパの方が捕まっちゃうじゃん。そうじゃなければ父さんが捕まるけど。

 パパは糞真面目な父さんが調べるのを警戒していたんだろうか。まあ、最初に探すのは捜索者リストだろうし。

「そうすると、夏彦は俺とパパの子?」

「そうだ。今まで言い出せなくてすまない」

「パパ、すまなかった。2人共愛してる!」

「俺もだ!」

「ぐぇ」

 俺の目の前で父さんとパパが熱く抱き合うのに巻き込まれる。

 ……結局これは何だったんだよ。

 ……まぁ、丸く収まったならいいか。俺が実は両親の実の子供というまるで予想外且つ謎の事実が判明したわけで。

 それからは父さんとパパは益々仲良く暑苦しくなった。そんで結局俺の両親が父さんとパパなのは何も間違ってなかったわけだ。


Fin

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