開かずのカギ

メガ氷水

開かずのカギ

 恐怖は油断したその隙にやってくるらしいが、俺はそんなの感じねぇ。

 いると思うから怖いだけなんだ。テケテケとか花子さんとか、話しを知る前はなんか怖いなぁ程度で済む!

 けど怖い話ってなんかついつい調べたくなる魅力があるんだよな。もちろん俺も。

 だからこそ――


「俺ん家の裏手にすげぇボロ家があるだろ?」


 外でセミが騒ぐ小学校の教室。放課後、俺は妹の心春を連れて、友達たちを集めていた。

 俺の右隣、女子の千夏がすぐ反応した。


「入るなって言われてる、あの」

「うちのかーちゃん土曜になったらいつも入るんだぜ。ぜってぇ何かある」


 入るなっていうくせに自分は入るとか。怪しいだろ。

 あれはきっと、何か隠している。俺の勘がそう囁く!


「けどカギかかっているんだよね」

「それがおにいちゃん。お母さんの後をつけたみたいで」


 心春の言う通り、俺はそのカギを回して見せた。

 これでも苦労したんだぜ。

 でもそんなのでこの玉木たまき空我くうが様が止められるかっての。


「肝試しに行こうぜ! ちょうど夏休みだしさ」


 なんで入るなって言われているのか。

 ただ調べるだけじゃつまらないから肝試しってわけだ。


  *  *  *

 

 気にならない程度の小雨が降る肝試し当日。


「なんでお前だけなんだよ!」

「こっちが聞きたいわ!」


 千夏しか来なかった。

 あいつら普段は必ず付き合ってくれんのに。こういう時は度胸ねぇな。


「心春ちゃんは?」

「かーちゃんに怒られたくないってさ」


 一緒に行こうぜって無理に誘ったら、カーちゃんにチクるって。迷惑かけたくないーってよ。


「空我と二人きりか……。心春ちゃん来ると思ったのに」


 こいつ。

 ゴロゴロと空が鳴り始める。しかもざあざあぶりになってきやがった。なのに千夏の奴、呑気にスマホなんか弄ってやがる。

 俺は手に入れたカギを鍵穴に近づけ、カチャンと解錠音が響いた。

 ぎぃぃと脆い音を立てて扉が開く。ボロ家の中は暗く、そして静かだ。


「なに、ビビってんの?」

「ビ、ビビってねぇよ!」


 歩くたびに足先から軋む音が伝わる。腐った木の臭い。部屋の隅にはクモがうじゃうじゃと歩いている。

 持ってきた懐中電灯の光は非常に頼りなかった。

 ミシッ……、ミシッ……。

 何かの視線を感じて振り返るが誰もいない。隣の千夏が不思議そうに見てくる。

 パキッ!

 俺はすぐに音の鳴る方に光を向けた。

 ……でも何もいない。音が鳴りそうな物もない。暴れる心臓を無理やり抑える。


「こ、怖かったらいつでも俺に掴まっていいんだぜ」

「じゃ遠慮なく」

「首は止めろ!」

「うわひどっ! 掴まっていいって言ったのに!」


 口喧嘩をしていると、窓外からの光が俺と千夏の影を作り出す。遅れて雷が響く。


「キャ」


 千夏が俺の腕に飛びついた。


「ビビってんじゃん」

「違うし。幽霊が見えたからだし」

「は、はぁ? 馬鹿なこというなよ」


 パンッ!


「うわっ!」


 千夏が手を合わせてた。しかもにやにや笑っていやがる!


「はいビビったぁ!」

「千夏ぅ!」


 そんな風にして互いにふざけ合いながらも、俺達は部屋を周っていく。

 って、千夏の奴なんかスマホ弄ってるし。


「何だよ。ぜんっ、ぜん怖くねぇ」


 振り返っても何も見えない。出てきたら俺が撃退してやるのによ。


「じゃあさ、こんな話があるんだけど」

「なんだよ」

「【開かずのカギ】」

「知らねぇな。そんな話」


 千夏がニヤリと笑った。


「幽霊の話しをしていると、霊が自分を救うカギだって思いこんじゃうの」


 いやそんな明るい口調で言われても。怖くねぇし。


「でさ。彼らは石や木とかに姿を変えるんだって」

「何のためにだよ」

「見つけてもらうために」


 千夏が不気味な笑みを漏らした。

 ……ピトッ。

 何かが俺の背中を触った。

 それは手だった。

 遅れて冷たい風が俺の背中をなぞる! 

 クソッ! やられるくらいならこっちからやってやる!

 俺は振り返り、霊の正体を殴ろうとして――、


「空我!」


 千夏が俺の名を叫んだ。なんだよ今っ!


「心春だよ!」


 ……心春?

 視線を下ろすと、しゃがんで泣いている心春がいた。


「なんでいんだよ。怒られたくないって」


 唖然とする俺を置いて千夏が口を開いた。


「いつも威張ってばっかだから、少しは怖い目を見せようって心春と計画してたんだよ」


 心春が食い気味に頷いた。


「うん、いつも巻き込むから」


 心春に見せてもらったスマホ。そこには確かに千夏の指示が書いてあった。


「お前ら!」


 千夏と心春は手を合わせて謝ってくる。

 結局、この家には何もなかったのか。マジかよ。

 ボロ家の玄関まで来ると、千夏が自分のポケットを漁りだし、驚きの声を出す。


「……カギ落とした」

「はぁ? いつだよ」

「多分、空我に抱き着いた時かな」


 もじもじと視線を逸らして千夏が言う。


「じゃ、探しに行くぞ」

「いいの?」

「ばれたら俺も怒られんだよ」


 俺たちは千夏に抱き着かれた場所に行くと、確かに黄色いカギが落ちてあった。

 千夏はしゃがんでカギに手を伸ばすと、「あれ何?」と声を漏らした。

 その場所に明りを照らすと、小さな扉が見えた。暗かったから見落としていたのか。

 俺はドアノブに手をやる。カギがかかっている。

 千夏もやってみるが開かなかった。最後に心春がドアノブに手をやると、カチャンという解錠音がした。

 開けた先に暗い道が続いていた。

 俺じゃ頭がぶつかり入れそうにない。


「もしかして霊が化けた姿かもよ?」


 千夏がここぞとばかりに言う。


「面白れぇ。誰か入れそうか?」

 

 俺の言葉に千夏が身体をねじ込もうとするが無理だった。

 次に心春がやると……、ギリ入り込めた。


「心春」

「ヤダヤダ暗いし怖いもん!」

「俺だけ脅かされんのは不公平だろ! 行けっ!」

「ヤダヤダ‼」


 何度も行けと命令する俺の肩を、千夏が強く叩いた。


「何だよいてぇな!」

「今日は暗いんだから、明日の放課後でいいでしょ!」

「今の方がふいんき出るだろ!」


 言い合いをする俺と千夏。事態は心春が泣き出す始末となり、あえなく俺が折れることとなった。


「じゃあ明日な。今日は解散!」


 不服さを前面に出して手を叩く俺。今日はこれで肝試しは終わったのだった。


  *  *  *


 学校終わりの放課後。


「ねぇ……、本当にやるの?」


 昨日の小さな扉の前に、俺と千夏、心春は集合していた。

 心春はしばらく駄々をこねていたが、このままだとかーちゃんが帰ってくると言い聞かせると、入ることにしたようだ。

 やっぱりひとりで行かせるのは可哀そうだと、千夏は何度も入ろうとしたけどダメだった。

 ってか、俺は可哀そうじゃないのな。

 心春が奥に進んでいった。

 最初こそ力のない鼻歌が聞こえたが、途中から何も聞こえなくなった。

 声をかけても返事はない。隣で千夏が「大丈夫かな、大丈夫かな」と心配して止まない。

 空はそろそろ夕暮れを過ぎようと行ったところだった。

 心春が戻ってきた。

 千夏は出てきた心春をすぐに抱き締める。そして何度も「ごめん、ごめんね」と謝罪の言葉を口にしていた。

 俺には蹴りを入れながら。

 心春からも、ただ一言、「ごめん」という言葉だけが帰ってきた。

 そしてボロ家を抜けだすと、俺たちを待っていたのはかーちゃんだった。


「入るなって言ったでしょ!」


 パンッ!

 鬼の形相と化したかーちゃんにビンタされた音が高らかに響いた。

けどすぐに、「良かった」と涙を流して俺たちを抱き締める。

 なんだか悪いことをしたなって気分でいっぱいになった。


「この家。母さんとお父さん、おじいちゃんとおばあちゃんが住んでいた家なの。けどみんな亡くなっちゃって」


 帰り道。かーちゃんはそんなことを言っていた。


「ボロボロになって。それでも思い出を忘れられなくて。本当は教えなかったこっちこそ謝るべきなのに」


 いつ崩れてもおかしくないから、今度こそもう二度と入らない様にとくぎを刺された。


「今回は深く反省する。私のせいで、心春に怖い思いさせちゃったし」

「怖い思いってどんな?」


 千夏は頭を下げると、なぜか興味深そうに聞いてくるかーちゃん。


「千夏も入れないくらいちっちぇ道があってよ。そこに心春が入ったんだ」

「入らせたの間違いでしょ! バカ」


 というか今回千夏は完全に無傷だからな。しかもスマホでかーちゃん呼んで。

俺と心春だけが被害食って。


「おかしいわね。あの家にそんな扉はないはずだけど」

「はぁ? あったんだよ!」

「冗談じゃなく、あの家にそんな扉はないわ。第一、玄関以外の扉は撤去したはずだもの」


 パキンと世界にひびが入った気がした。

 恐らくそれは、千夏も一緒。固まっている。千夏と俺は顔を見合わせていた。


「そういえば霊が自分を救うカギって思い込む話は確か……」

「それ、【開かずのカギ】よね。かなり有名だったのよ」


 どういうことだよ。何を言っているのかさっぱりわかんねぇ。分かんねぇよ。


「千夏!」

「ごめん。く、空我を怖がらせようと、怪談で検索しただけで」


 頭が真っ白になっていくのを感じていた。

 かーちゃんが得意げに開いてほしくない口を開く。


「子どもにしか見えず、開けられないのよね」

 

 もう聞きたくなかった。もう知りたくなかった。なのに俺の口は意思に反した。


「……それで」

「その場のいる最年少の子どもしか入れないの。好奇心旺盛で、まだ個を確立できていないから」


 そしてかーちゃんは、俺たちにとって何よりも呪いの言葉を口にした。


「必ず憑りつけるように」


 夏の夕暮れ風が、俺の体を冷やしていく。

 千夏と俺は一言もしゃべらずにいた。かーちゃんは無視して笑う。


「といっても、母さんがまだ子ども。まだ学校が木造の頃の話しよ」


 ふと、後ろから視線を感じたような気がした。

 世界から音と色が消える。

 振り返りたくなかった。けど俺の身体は勝手に動く。


「そんなつもりじゃ……。私、そんなつもりじゃ」


 千夏は膝からがっくりと崩れ落ちた。それは俺も同じだった。

 笑うように立っていた心春は、明らかにいつもと違う邪悪な笑みを浮かべていて。

 そして、ゆっくりと口を動かしてこう言った。


「おれのカギになってくれてありがとう」

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