青い青い世界

メガ氷水

青い青い世界

 世界は青に満ちている。

 常に見守ってくれる空、大地に寄り添う大海、火、山、星すらも、世界は輝かしくも美しい青に満ち満ちている。

 当たり前に存在していて、ふと気づけばどこにでも存在する。

 様々な側面を持つ青が、いつもぼくを包んでくれるようで大好きだ!

 ある日、学校でクラスメイトからこんな噂を耳にした。


「ねぇ知っている? 青い家」

「知ってる知ってる! あれでしょ。あの森の中にあるっていう家の事でしょ」

「そうそう! あるもの全てが青いって話――」


 青い家ってなんだ。そこにぼくの好きな青はあるのだろうか。

 気になる。気になって仕方がない。夜も眠れそうにない。

 ぼくは噂の青い家に向かった。

 家は案外、森をちょっと歩いたくらいの開けた場所にあった。

 見た目はログハウスに近い。噂通りであればここが青い家なのかもしれない。

 半信半疑気味に、ぼくはドアノブを捻る。

 何ということだろうか! 一面青ではないか。


「誰だいアンタ」


 人が住んでいたのか! すごい。上から下、体全てが鮮やかな青一色。

 それ以外の色は見当たらない!


「すいません。怪しい人ではないのです。ぼくはただ、青い家があると聞いて」

「なるほど。アンタ、青は好きか」

「はい、大好きです!」

「そうか、ならアンタは仲間だ。歓迎するよ」


 そうしてぼくは、青い家に招待された。

 ここでの生活はまさにパラダイス! 

 徹底的なまでに青以外を排除。

 何もかもが青に染まっている。

 初めあった人以外にも住民は住んで居たが、みんなぼくを暖かく歓迎してくれた。

 ここに住んでいるだけあって、青好きで話が合う。

 ぼくが時間を忘れるのもそう遅くはなかった。


「どうだい、ここには慣れたかい?」

「そりゃウキウキですよ!」

「そうかあ! 実はアンタを連れていきたい場所があってな」


 連れていきたい場所とは何なのだろうか。

 でもこの家のことだ。

 きっと楽しい場所に決まっている。

 ここだと連れてこられた場所は、なんと海。

 眼前にはあの海が広がっていた。

 夢?

 いや、夢じゃない。

 あの海だ。

 母なる海だ。

 暑い青が輝き、波のさざめきが鼓膜を揺らす。


「海だけじゃない。ここはあらゆる青が詰まっている」


 住民の言うことは正しかった。

 熱々と燃え上がる青。

 命を燃やして尾を輝かせる青。

 氷のように寒々しくも、炎のように燃え上がる。

 青を連想させるすべてがあった。


「別世界の様だろう。こんな場所にいられるのは、まさしく幸せじゃないかい?」

「……」

「……聞いちゃいないか」


 この広がる楽園あおに、ぼくが時間を忘れるのはそう遅くなかった。


  *  *  *


「こ……、こっ……ち」


 この家に来て暫く、ぼくは誰かに呼ばれた気がした。

 透明な、鈴のように薄い声。

 いったい誰がぼくを呼んでいるのだろうか。

 声に誘われるがまま歩いていく。

 向かった先にあったのは、今まで見たことが無かった扉。

 まさか、まだ知らない青が広がっているのだろうか。

 ぼくはドアノブを回した。

 しかし、そこにあったのは牢獄。

 中に少女がひとり、入れられている。

 少女は青じゃなかった。

 普通の、どこにでもいそうな色を纏った少女。

 久しぶりに見た、普通の、平凡な色。

 少女はぼくをみるやいなや、こう語りかけてきた。


「ここにいてはだめ。青い世界に取り込まれる」


 少女は何を言っているのだろうか。

 青い世界に取り込まれるとはどういうことなのか。


「ぼくはここに好きでいるのだ。君こそ、どうしてそんなところにいるんだい?」

「……そう」


 その言葉を最後に、少女は何も反応を返さず、そっぽを向いてしまった。


「そうか」


 きっと、それほど重要なことではないのだろう。

 むしろ、青好きではないと頑なに主張しているようで、関心すら覚えてしまいそうだ。

 ぼくはその場を後にした。

 一面同じ色というものは不思議なもので、時間感覚を忘れさせる。

 生活こそ楽しかったけど、少女と話した後、ふと両親が恋しくなった。

 思えば相談もせず来てしまった。

 ぼくがいなくて問題になっていないだろうか。

 ぼくは久しぶりに、スマホを開いてみた。


 ――そこに映ったのは青だった。


 青。

 青青青。

 画面は青しか映らない。

 青のまま、動こうとしない。

 持ってきていた物全て取り出した。

 そして、はっきりと息を飲んだのが分かった。

 続々と、背筋が涼しくもなったような気がした。

 何もかもが、青に変色していた。

 何もかもが、青に染まっていた。

 何もかもが……、ぼくは少女の言葉を思い出す。


 ――ここにいてはだめ。青い世界に取り込まれる。


 駆け出していた。足が勝手に。速く。あの少女の元へと!

 扉を開けてみると、中には前来た時と変わらずあの少女がいた。

 相変わらず、この家の中で、この部屋の中で、少女だけが別の色。


「ね、ねえ、こ、ここ、ここは何なんだい!? ここはいったいどこなんだい!!?」

「ここは青い世界、通称青異世界。とある青好きの手で作られた、青だけのディストピア。あなたも、青に染まってきている」


 ガツンとサファイアで頭を殴られたような気がした。


「なら、君も一緒に――!」

「わたしは…………望んでここにいる。あなたのように迷い込んだ人のため。行って」


 少女の言葉に押され、ぼくは走り出した。

 この世界は青だ。徹底的なまでの青以外を排除。

 逆を言えば、この世全ての青が詰まっている。

 扉を開けた先で待ち構えていたのは、凍てついた世界の凍土であった。

 そこに、暖かな青はなかった。

 寒々しいまでの青という概念のみ。

 青くて、藍あおくて、青藍あおい。

 足の震えが止まらない。

 視線が低くてさらに落ちる。

 そんな折、声が聞こえてきた。


「ここはアンタが好きな青い世界。なのになぜ、逃げるんだい?」


 あいつの、住民の声だ。

 猛々しいまでの轟音が聞こえ、ふと後ろを見れば津波があった。

 すべてを壊し、飲み込もうと迫っていた。


「違う。ぼくはこんな青を望んではいない」

「何を言っているんだ。全部アンタの好きな青じゃないか」

「違う。ぼくの好きな青は、ぼくの好きな青は」


 そうだ!

 言ってやる。

 こんなのはぼくの好きな青じゃない。

 ぼくの好きな青は、もっと優しくて。

 もっと暖かで。

 常に優しく見守ってくれていて!

 母親のようで!

 世界で!

 包まれていて!


「もっと良いものだ!」

「全部一緒だ。全部一緒の青だ。熱い炎も、真夏の空も、冷たい海も寒々しいまでの山も、この世の生命を宿す星さえも、全て同じ青だ。それが違うというのであれば、――アンタにとっての青って何なんだ」


 ぼくにとっての青。

 ぼくにとっての青ってなんだ。

 好きで、大好きで、表現しようもない青という概念。

 とにかくぼくは青が好きなんだ。

 あの色の造形。

 見た時の気持ちがこうグットきて……。

 あれっ、ぼくって、なんで、青が好きなんだ? 

 青に疑問を覚えてしまったぼくは気づかなかった。


 ――深淵あおがすぐそばまで迫っていた事を。


  *  *  *


 ……

 ふと目が覚めると、そこは鬱蒼とした森の中だった。

 周りを見ても、青い家なんてものはどこにもない。

 あれは一夜の夢だったのだろうか。

 でも脳の髄まで、あの時の記憶は残っている。

 何だったかはわからない。

 今日はもう帰ろう。

 ああ、でもなんでだろうか。

 最後はとても


 ――美しかった。


  *  *  *


 これで終わり。


 こうして男の人は、無事元いた世界に帰れたのでした。

 ……えっ? その後の男の人? 大丈夫だよ。

 ちゃんと生きている。

 ちゃんと生活しているよ。

 オチが弱い?

 そうだよね。

 無事帰れちゃっているもんね。

 でもそうだね、変わった事があるとすればただ一つ、あんな目にあったのに家の中すべてを青くしたみたい。

 青好きが悪化して、全身青を塗るようになったみたい。



 ――まるで、かつて行った青い世界のように、ね。

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