深夜の冒険

「嘘でしょ……」


草木も眠り、静まり返った古城の北側。荷物と装備を整えて俺達は集合していた。剣にランタンにナイフに杖に……。まあ随分と重装備だ。塔の入り口から中を覗き込んだフィオナが呟いた。


「どうしたんですか?」


「階段が崩落してる。これじゃ上まで登れない」


「おいおい。ってことは、昼間フィオナが見た影はどこに消えたんだ?」


地形的に、ここ以外への道はないはずだが。


「さあ。見間違いか、本物かじゃない?」


「勘弁してくれよ。で、どうする? 下から入るのは無理なんだろ?」


俺の言葉に、シャロンは懐から城の地図を取り出してきた。用意のいいことだ。右半分には大きくバツが書かれている。


「ええと、ここが北の塔で、ここから東は全部崩落してるから……」


「ここの渡り廊下を通れば行けるはず。となると、近いのは」


「図書室跡地、か?」


図書室跡地。そう地図上に書かれた部屋からは、北の塔へと続く廊下が伸びている。


「そのようですね。取り合えず、三階まで上がりましょうか」


「それはいいけど、階段って先生の部屋の隣のだけじゃなかった? 下手なことすれば確実にばれると思うけど」


「俺は足音くらい殺せるが……。お前らはどうするんだよ」


少なくとも、起きていれば確実にばれる。寝ていれば確率は五分と五分か?


「そんな、どうしましょう。飛べれば早いんですが」


「飛べないの?」


「ええ。まだ軟膏を作れませんから」


魔女の軟膏。ほうきに塗れば、あっという間に飛行の道具に早変わりする魔法の道具だ。だがその原料が問題で、ハーブや水まではともかく鳥の羽根だの人の髪だの、挙句の果てには自分の血だのが入っている代物である。できれば一生触りたくない、と言いたいところだが、魔女の道具の中にはもっと禍々しいものがいくらでも含まれているので、これくらいでビビっていては使い魔は務まらない。


「てか、まだそんな物使ってたのかよ。魔法業界も進歩しないな」


「言わないでください。それに、ほうきの方は結構進歩してるんですよ。乗り心地とか、安定性とか。あ、あと最近はほうき以外に乗る人も多いんです」


昔も木の板や何かに乗りたがる奴がいたものだが、やはりほうきというやつは乗って飛び回るのに向いていないらしい。そのために作られていないからだ、という話はいったん横においておこう。


「それはいいけど、今はどうするの。そろそろつくわけだけど?」


「そっと通るしかないですよ。もうお休みになっていることを祈りましょう」


「なら、俺が最後に行く。何かあったらごまかしてやる」


「分かった。私から行く」


そういって一歩踏み出すフィオナ。息をのんで俺たちが見守る中、踊場へたどり着いた彼女は頭だけ出して手を振って見せた。小さくこちらに目配せをして、シャロンが続く。


しかし、順調な歩みは廊下の半ば程までだった。


「えっ?」


「おい!」


バランスを崩してつまづくシャロン。辛うじて手をついて平衡を保つ彼女をフィオナが助け起こす。息を殺し気配をうかがうが、幸い部屋の住人が出てくる気配はなかった。


ほっと息を吐いて合流する。階段を登り切って廊下を少し行けば図書室跡だ。


図書室跡。本は全て抜かれて久しいが、巨大な本棚がいくつもそびえている様はかつての栄華を思い起こさせる。そこに窓から月明かりが差し込む風景は、さながら一枚の絵画のようだ。


「綺麗ですね」


「ええ。まるで月明かりの海みたい」


「そう言えば、月にはこんな伝承があるんですよ」


そう言って窓際にたたずむ彼女は、思い出したように語り始めた。


「月には、私達のご先祖様がいるんです。私達は皆死んだら月に上って、地上に残してきた人の事を見守るんですよ。……まあ、あくまでおとぎ話ですけど」


民間伝承、というやつだろうか。少なくとも、俺は聞いたことがないから有名になったのはここ五百年のことなのだろう。


「へえ、いいな。ロマンチックで」


「貴方もそんなこと言うのね、レモン」


「フィオナ、別に俺はロマンも冗談も分からない男じゃ……隠れろ!」


俺の性能のいい耳がキャッチしたのは、こちらに向かってくるかすかな衣擦れの音。説明すれば、シャロンが青ざめる。


「先生方の見回りでしょうか」


「そこまでは分からない。だがランタンは消しとけ。覗き込まれたら一発でバレる」


もぞもぞとランタンの窓を閉めたシャロンは、そっと入り口から反対の方へと隠す。月光がそこそこある以上、少しの明かりでは漏れても分からないだろうことが今はありがたい。


「とっさに飛び込んだはいいけど、机の下なんてすぐバレる場所の筆頭じゃないの?」


「んなこと言ったって今から移動するわけにも行かないだろうが」


「ちょっと、二人とも声が大きいですって」


やがて、二人にも音が聞こえたのだろう。顔を見合わせて縮こまる。


「確かに誰か来てますね」


「とりあえず人数は一人みたい。最悪囮を使って逃げられそう」


そう言ってフィオナは、ちらりとこちらに目を向ける。


「囮って何……ふざけんなよ、フィオナ!」


「流石に冗談。あとうるさい」


「二人とも! いい加減にしてください。そんなこと言ってる場合じゃないでしょう」


「すまん。ん、あれは明かりか?」


廊下側の窓に映る橙色の明かりは、人の胸ほどの高さを揺れながらこちらへ向かってくる。


「ランタン? なら、やっぱり先生じゃないの」


「ならいいんですけど――」


「来たぞ! 音を立てるな!」


息を殺し、そっと様子をうかがう。明かりは入り口で立ち止まったかと思うと、室内へと入ってきた。


「どうしましょう、来ちゃいましたよ」


「どうもこうもないだろ。静かにしてるしか」


「まずい、こっち来た」


小声とは言え会話が聞こえたのだろうか。まっすぐこちらへと向かってくる。しかしここまでは来ることなく距離をとって立ち止まり、やがて諦めたのか図書室を出て来たときとは反対の方へ去っていった。


「行った、か?」


「そのようですね」


ほっと息を吐き反対の出口から図書室を出る。この渡り廊下を渡れば、北の塔はすぐそこだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る