発明家と監督役の章
探検と冒険
火竜のお世話
「よ、シャロン。こんな朝から鍛錬とは真面目だな」
激動の開校初日から一夜明け。早朝の古城には霧が漂っている。その中で剣を振るのはまだ年若い魔女見習いだ。
「おや、レモン。そういう貴方こそ随分お早いですね」
「ああ、大変古風な寝床を頂いちまったもんで。ありゃ早起きに効果大だな」
試行錯誤の末、どういうわけかざるにわらを敷いたものに決まった俺の寝床は、まあ揺れるわチクチクささるわで大変だった。できれば今夜は遠慮したいところだ。
「すみません。ツインテールキャットのベッドってどうしたらいいか分からなくて。普通に意見を貰えばよかったですね」
別に布を重ねたやつでもいいのだ。この際刺さらなければ構わない。
「そう言えばフィオナはどこだ? あいつも部屋に居なかったよな」
シャロン達見習いは男女で分かれて、それぞれ大部屋に寝泊まりしている。まだ早朝だから大体寝ていたが、シャロンとフィオナの二人だけ居なかったから探しに来たのだ。
「フィオナですか? さっきまで一緒に散歩してたんですけど、グレンの世話があるからと途中で分かれて竜小屋の方へ」
「散歩? 危ないぞ。城壁なんかほとんど崩れてるんだ。昨日みたいな奴に襲われても二人じゃどうにもできないだろ」
「ううん……。多少の知能があれば火竜がいる場所に軽率に入る真似はしないと思うんですけど。でも、確かに何かあっても二人じゃ危ないですね。気をつけます」
そう言って、シャロンは剣をしまう。
「お、もう鍛錬は終わりでいいのか?」
「ええ。丁度一区切りついたところでしたし。一緒にフィオナを探しに行きましょう」
火竜は、現在馬屋跡地に寝床をあてがわれている。年月を経て崩落し、既に原型を留めない馬屋跡地は片付けられて火竜の仮の居場所になっている。火竜のグレンは、昨日の凶暴さが嘘のように大人しくあてがわれたスペースで丸まっていた。そばでは桶と布巾を持ったフィオナが忙しなく動いている。
「あ、フィオナ。何をしてるんですか?」
「見ての通りよ。グレンの体を拭いてるの。この大きさだと風呂に入れるのは無理があるでしょ」
目を閉じて気持ち良さげに喉を鳴らすグレンはさながら大きな猫のようだ。同じことを思ったのか、シャロンの視線がこちらへ注がれる。
「そんな目で見ても、俺はあの程度じゃなびかないぞ」
ツインテールキャットはプライドが高いのだ。
「あはは、別にそういうつもりはないですよ……。そう言えば、ご飯はどうするんですか? 見ての通り、うちにはお金ないですけど」
思い出されるのは、冥犬の死体を五匹分ぺろりと平らげた昨日の食事風景。あれを毎日なら養うのはかなり厳しくなるが。
「竜は基本的に空気中の魔力を食べて生きてる。だから、戦ったりして余分な体力を使ったとき以外は私達が食事を用意する必要はないの」
まさに「霞を食べる」というやつか。だが、フィオナは悪い笑みを浮かべてこう続けた。
「でも、その分お腹が空いたときは見境ないから気をつけて。空腹のグレンには、人間もツインテールキャットも魔力を溜め込んでるからご馳走に見えるでしょうね」
「ちょ、ちょっと。怖いこと言わないでくださいよ!」
「流石に冗談。グレンも仲間は食べないって言ってる」
ね、と語りかければ、肯定するようにグレンは喉を鳴らした。「あ、でも」と思い出したようにフィオナが真面目な顔をする。
「グレンの脱皮の時期が近いから、それは注意してて。脱皮の後はお腹が空くらしくてご機嫌斜めなの」
「脱皮……ってことは、まだ生体じゃないんですか」
「うん。もう生まれて三百年くらいなんだけどまだなんだって」
「そりゃまた随分気の長い話だな……」
それこそ何千年と生きる竜独特の時間感覚に気が遠くなりそうだ。
「でも、レモンもかなり昔から生きてるんですよね」
「俺は封印されてた期間が長いだけで、そこを除けば百年少ししか生きてないぞ。ツインテールキャットになってからだと四十年くらいか?」
長生きした猫の尾が割れて知能と魔力を持ったのがツインテールキャットだ。同じ猫でも、生まれつき妖精やってるケット・シーとはまた違う。
「封印?」
「あれ、フィオナには言ってませんでしたっけ。レモンさん、お城の東側に封印されてたんです」
「そうなの?」
「ああ、まあ諸事情有って、てやつだ」
正直、自分から積極的に話したい話題ではないので適当に誤魔化す。
「そうなの。そういえば、今日変なものをその辺りで見たけど」
「変なもの、ですか?」
「うん。白くて、浮いてて、ふわふわしてた。私が見てるのに気づいたらあっちに逃げていったからその先は知らない」
あっち、と示されたのは城の周りに建てられた三つの塔のうち、唯一形を留めている「北の塔」だ。
「白くて浮いててふわふわ……。幽霊でしょうか」
「幽霊?」
初めて聞いたらしいフィオナが首を傾げる。森の奥で長寿な竜と二人きりでは、知らないのも無理はないか。
「お化けの一種ですよ。死んだ人の魂が月に行けずさまよってるんです」
「ま、あくまでおとぎ話の中の存在だ。実際にいるとは思えないが……」
二人の意識をそらすべく話を締めにかかるが、そうは上手く行かないらしい。
「なら、確かめてみる?」
「へ?」
思わず間抜けな声が出て、慌てて口を閉じる。大真面目な顔でとんでもないことを言い出したのは、まさかのフィオナだ。
「実際に行ってみれば幽霊か見間違いか分かるはず」
「おい、冗談だろう!」
だが、今度はシャロンがこちらへ視線を向ける。
「別にいいんじゃないですか? というか、ひょっとしてレモン……」
「怖がってる?」
「怖がってない!」
本当に怖がっているわけではない。どうせいないんだから無駄足だし、止めておこうというだけだ。本当に、全く少しも怖がってはいない。ただ、爪も牙も魔法も届かない輩が少し苦手なだけなんだ。
「ならいいじゃないですか。そうと決まればいつ探検します? 今夜?」
「今夜でいいと思う。こっそり抜け出して、塔の入口で落ち合おう」
「なんでそんなに積極的なんだよ!」
それは年頃の子供の習性だからだよ、とでも言いたげなグレンは置いていかれるようで、今だけは切実にうらやましかった。
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