森の住人フィオナ
古城の前庭。魔女見習い達が仮の集合場所にしているらしい草地に、俺とシャロンは座り込んでいた。教師だという待機していた男は校長を呼びに行ってしまったから、ここには俺達三人きりだ。
「それで、何で人間と魔物がこんなところにいるのか教えてもらおうかしら」
見るからに不機嫌そうにしているのは、倒れていた女の子。俺の大声で目を覚ました彼女と追いついてきた魔女見習いともう少しで加害者側だと勘違いをされるところだった俺とで一悶着あったりしたのだが、とりあえずなだめすかして本拠地に連れてきたのだ。
「なんで、って言われても。校長先生がここを譲り受けて、私達を連れて引っ越すことになって……」
「引っ越す? じゃあ貴方達まさか居座るつもりなの?」
「え、うん……」
進行形でご機嫌斜めになっていく彼女にオロオロするばかりのシャロンでは分が悪い。仕方ないので間に入れば、もの言いたげな視線が注がれる。
「なあ、そっちが聞くばかりじゃ不公平ってもんだ。そういう嬢ちゃんは何者なんだよ」
文明からはかけ離れた格好をしている割には、言葉や行動の端々に知性が伺えるし世間の常識にも詳しい。只者でないのは確かそうだが。
「私? 私はフィオナ。森の子。グレンと二人でこの森に住んでるの。貴方達がここに来るよりずっとずっと前からね」
言外に余所者をうとむ様子をにじませる彼女。
「そうなんですか。ところで、その怪我はどこで? よければ手当をしたいんですけど」
そしてそれを気に留める様子もないシャロン。気づいていなのか、気づいた上で受け流しているのか。
「どっちにしろ大物だなおい……」
「他人に傷を見せるの? 冗談でしょ」
明らかに相性の悪い二人がどんどん空気を冷え込ませていく。正直やめていただきたい。
「でも、その足じゃ何かあっても私達から逃げられないんじゃないですか?」
「おい、シャロン!」
聞こえてきたセリフに思わず振り向く。自分達の悪意を匂わせるのは、この状況では明らかに悪手だろうに。案の定、相手のまとう空気がいっそう剣呑なものに変わる。だが。
「こらこら、元気なのはいいことだがこの状況で喧嘩はおすすめせんな」
「校長先生!」
どうやら校長らしいその声の主は、校長という単語から連想されるより随分と若く見える。せいぜいが五十代程ではないだろうか。まあ、魔術師の年齢は見た目と一致しないのが常なので気にしすぎてもよくないが。
「貴方がリーダーね」
「すまない。先住民がいるとは知らなかったものでね。聞いていれば挨拶の一つもしたんだが……」
足が痛むだろうに、そんな素振りを見せることもなく近づいて食って掛かるフィオナ。だが、それを恐れるでも嫌がるでもなく彼は申し訳無さそうに眉を下げる。
「だが、まあこうなってしまったものは仕方ない。こちらもできる限りの配慮はするから、仲良くやろう」
「つまりは、できる以上の配慮をするつもりも気を利かせて出ていくつもりもないって事だな」
ふああ、とあくび混じりに言えば三対の目が俺を捉える。これはやりすぎたか、と思わないでもないが過ぎたことを考えても仕方ないのも確かだ。
「辛辣だね。だが、その通りだ。こちらにも余裕がないんだよ。代わりと言っては何だが、君の足の治療をさせてほしい」
渾身の嫌味をあっさり受け流されては面白くない。だんまりを決め込んだ俺を放って、話は進んでいく。
「また治療……。貴方達ももの好きね。でも、何の設備もなしにできるの? 私が言うのも変だけど結構傷は深いわよ」
「できるさ」
即答。先程までの人の悪そうな笑みを引っ込めて、校長は心底誇らしそうに微笑んでいる。
「何せ、我々は魔術師だからな」
「魔術師……」
そうフィオナは複雑そうにつぶやく。魔法を知っているのならやはり生まれも育ちも森というわけではないのだろうか。
「ええ。じゃあ始めますね」
雑に巻かれていた包帯を取り払い、薬草らしき草をすりつぶしたものを校長から受け取って彼女は小さく気合を入れた。
「『清き水はすべてを流す。汚れも穢れも取り払え。痛みとともに水に流して、清き体を取り戻せ』……よし」
魔法の言葉とともに濡らした布でそっと足をこすれば、まさに魔法のように汚れが落ちていく。フィオナが目を見開いた。
「少ししみるかもしれないから」
そう断って、魔女見習いは今度は薬草の入れ物の蓋を開ける。そして、そっとすりつぶした薬草を傷口の上に広げた。
「『命は命で作られる。かつての温度を取り戻せ。奪い奪われ命を糧に、新たな温度を紡ぎ出せ』」
薬草が足に染み込み、修復し、同化していく。先程までは草色のペーストだったものが周りと変わらない皮膚となっていく様を呆然と見ていた彼女は、我を取り戻して足が動くことを確認すると立ち上がって二、三度跳んだ。
「本当に治ってる……」
「でしょう? 私はまだ見習いですけど、一人前の魔女はもっと色々できるんですから!」
魔法を気味悪がるものも多い中で、随分器の大きな反応だ。俺も初めてみたときはかなりビビったが、格好がつかないのでそれを明かすつもりはない。
「さっきは悪人かと疑って悪かったわね。いい迷惑なのは変わらないけど、とりあえず足のことには礼を言うわ。ありがとう」
「まさか、魔法なんて人のために使わないでいつ使うってものなんですから」
そう言ってはにかむシャロンとやっと笑みを見せたフィオナ。そう言えば、とずっと引っかかっていたことがあったのを思い出した。
「なあ、その怪我ってどこでしたんだ。ただ何かに引っ掛けたとかじゃねえだろ」
裂けた痕だけなら、まだその線もないではないが。だが、あの出血元のいくつかは明らかに噛み跡だ。それも、人やネズミではなくもっと大きななにかの。
「ああ、それ。やたら大きな野犬に襲われたのよ。撒いたは撒いたんだけど、日が暮れる前に戻るのは厳しそうだったからこの城で一晩越したの」
「やたら大きな野犬……」
「まさか、な」
彼女の口ぶりでは見たのはこれが初めてなのだろう。そして、大きく攻撃的な犬のような魔物には心当たりがある。それも、できれば関わりたくない奴に。外れていてくれ、というシャロンと俺共通の願いも虚しく、どこからか人の声が聞こえた。
「皆集まれ!
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