使い魔レモンと魔法学校グラステル

夏蜜柑(海)

出会いの章

魔女見習いとツインテールキャット

最後に聞いた声が、酷く冷たいものだったのは覚えている。



「あれ、なんでこんなところに結界が?」


久しぶりに浮上した意識に飛び込んできたのは、知らない声。その直後、急に体の締め付けが緩んだ。


「うわ、光? あれ、じゃあひょっとして今のって結界じゃなくて封印だった?」


尻餅をついているのは、柔らかな金髪の少女。


「その通りだよ、嬢ちゃん。わざわざ出してくれて、どうもありがとな」


久しぶりに声を出したが、若干かすれている程度でさして問題はなさそうだ。


「俺はレイモンド。ちょっと封印されちゃいたが無害で善良なツインテールキャット、だ……おい、大丈夫かよ!」


パタン、と床に倒れ込んでしまった少女の周りを歩き回って考える。人間ってこういうときはどうするんだ。というか意識って失ったらまずいのか?


「だめだ、封印されてた時期が長すぎて何も思い出せねえ……」


むにむにと肉球を頬に押し付ける。幸い、直ぐに少女は目を覚ました。


「す、すみません。ちょっと驚きすぎたみたいで。えっと……レモンさん?」


「いや、俺は――」


レイモンドだ、と訂正しかけてふと口をつぐむ。俺は封印される前はそれなりに名のしれたツインテールキャットだった。もちろん悪い方向で、だ。少女の技量が分からない以上、下手に正体を明かせば再封印されてしまうかもしれない。


「あ、ああ。俺はレモン。大した力はないんだが、うっかり魔術師に喧嘩売っちまって封印されてたんだよ。で、今って何年だ?」


適当に考えた嘘を並べる。駄目かと思ったが、案外あっさり少女は信じたようだった。


「それは大変でしたね。えっと、1236年です」


500年も経っていたのか。これなら皆忘れているだろうし本名を出しても大丈夫だった気がするが。まあ余裕を持っておくに越したことはない。


「そう言えば、封印を解けたってことはお前魔女なのか?」


「ええ。と言っても見習いですけど」


「そうなのか。さて……」


魔女のネットワークは侮れない。封印が解けたのが下手なところにバレれば、面倒事になるかもしれない。かと言って今有効な対処法があるわけでもない。とりあえずは様子見か。


「え、何か言いました?」


「いや、何でもない」


そう誤魔化して、肩に跳び乗る。こんなに高い視界は、随分と久しぶりなのを思い出した。



俺が封印されてたのは、森の海に飲まれかけた古城。今歩いているのはその中庭だ。


「いや。元中庭、か?」


「え、ああ。確かにボロボロですもんね」


俺が封印された時点で古城だったのだ。そこから人の手が入らず500年経ったのだとすれば、もはや立派な廃墟である。


「竜を見たとか幽霊が出るとか、不穏な噂があるのを抜きにしても随分安かったらしいですからね、ここ。でも、一応ここが私達の校舎なんですよ」


「は?」


コウシャ、校舎。意味は知っている。学び舎の事だろう。そう言えば、魔女や魔術師の見習いをまとめて教える施設ができたと封印前に風の噂で聞いたような。それまでは一人の師に一人の弟子がついて学んでいたのだから、随分合理化に舵を切ったものだと面白がっていたが。


「てことは、見習い魔女のお前も……」


「ええ、ここの生徒です」


「まて、いつからこんな果ての果てに学校なんかできたんだ」


少なくとも、封印前には計画すら聞いたことがなかったが。


「今日からです」


「悪い、なんて?」


「ですから、今日からです」


聞き間違いかと思い聞き返したが、帰ってきたのは同じ言葉。


「今日はグラステル魔法学校の開校式の日なんですよ。今はちょっと暮らせる状態じゃないので皆でお掃除中です」


「皆っつっても他の奴の姿見てねえけど」


「ええまあ、先生方を含めても十二人しかいませんからね」


そう言って何故か胸を張るシャロン。正直、なんでその少人数で学校開いたんだとか、こんなボロ城を校舎に選んだんだとか、いろいろ言いたいことはある。だが、まああくまで他人事だしつっこむことでもない。


「お金がないのは大変なんですねえ……」


そう言って遠い目をしてから、シャロンは思い出したように手を打った。


「そうだ、そろそろお掃除に戻らないと。レモンさんには、ネズミ捕りをお願いしていいですか?」


「ネズミぃ? 俺が? ツインテールキャットが?」


「でも猫は猫でしょう?」


何たる暴論。そんじょそこらの猫と一緒にされるだなんて、俺が気の短いツインテールキャットなら引っかいているだろう。


「一緒にすんなよ。俺は魔物で知性も力もただの猫とは段違いなんだからな!」


そりゃまあ、ひらひら動くものが気になったり、ついつい虫やネズミを目で追っていたりはするがそれとこれとは別である。


「そう言わないで、お願いします。それとも、私と仕事を交代しますか? 窓そうじですけど」


そう言って雑巾をかけてあった窓枠から回収したシャロンは問うてくる。いくら無事な窓のほうが少ないとはいっても猫の手では至難の業だ。


「仕方ねえな。やってやるよ」


これ以上の無理難題を押し付けられる前に、と俺はいやいや駆け出したのだった。



「おーい、ネズミちゃん、出ておいで……」


先程から追っている一匹のネズミを追い詰めながら、石造りの廊下を駆ける。ところどころ壁が崩れて陽の差し込む城内は随分と幻想的だ。


「おっと、逃さないぜ。そこだ!」


壁の隙間に逃げ込もうとしたネズミを捉えるべく跳躍した俺は、しかし途中でバランスを崩しかけて慌てて態勢を整えた。その隙にネズミは逃げてしまったが、今はそんなことを言っている場合ではない。


「おい、シャロン。シャロン!」


大声で魔女見習いを呼ぶ俺の目の前に倒れているのは、右の脚を大きく怪我した人間の女の子だった。

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