嫁子の小さな畑
緋雪
小さな畑の物語
家の前の小さな畑。生まれて初めての自分の畑だった。知らないことだらけ、やったことないことだらけで、本当に大変だったよなあ…。
「ここの畑、嫁子さんにあげるから、好きに使っていいよ。」
ここに嫁いできて2年目に、義母はそう言って、小さな畑をくれた。
小さいと言っても、町育ちの嫁子にとっては、全然小さい規模ではない。マンションに住んでいる人達が、共同で使う畑一軒分はありそうだ。大型トラック1台くらいなら、余裕で停められる。
嫁子には、畑で野菜を育てた経験などない。そして、とんでもないことに、この畑、表玄関の真ん前にあるのだ。チェック厳しい親戚の方々が、見て歩かぬ訳がない。
しかも、しかも、だ。嫁子は小さい頃から植物を育てるのが大の苦手ときている。小学生の時の夏休みの宿題、朝顔を見事に枯らせてみせた人だ。
「な…何を植えれば…?」
「トマトでも茄子でもキュウリでも、何でもいいよ!」
…育てたことがない。どうやって植えるのかさえわからない。種蒔くの?苗?土とか肥料とか、まるでわからないんだけど。のびてきたら、棒みたいなの立ててた記憶が…。叔母の所の畑をイメージするが、収穫の手伝いに行ったくらいなので、植えるところからなどわかるはずがない。
そんなこんなで、放置していると、ニョキニョキ生えてくる植物。中に、なんかしっかりした苗みたいのが、ポツポツある。
さて、なんでしょう?
「わかるかーい。」
嫁子は、心の中で叫ぶ。
義母に聞くと、
「あー、カボチャが随分出てるね〜。これはたんぽぽね。これが赤鶏頭で、こっちが青鶏頭。これが〇〇で、こっちは〇〇、この辺は草だから抜いていいよ。カボチャ育てるのかい?」
いや、自生。
「あー、じじ(義父)が、食べきれなかったやつ、ここに投げ捨てたのが、生えたんだわ。育ててもいいよ。」
どうやって?
「まず、草を抜いてから、移植すればいいの。」
さも簡単そうに義母が言うので、草抜きを始める嫁子。結構な量だ。抜いてはバケツに入れていく。
たまたま、訪れた隣の奥さんが、嫁子の姿を見て驚く。
「嘘、嫁子さん、手で草抜きしてるの?冬が来るよ?」
「え?手で抜かずにどうするんですか?」
まさか機械が??
隣の奥さんいわく、立ったまま草を刈る「ほ
使い方を教わる嫁子。
「こうやって、草を切りながら進むの。」
ほうほう。義母の簡単そうにやっている姿を見て、嫁子も、自分にもできるだろうとやってみることに。
しかし…。初めからそんなに上手くいくわけがない。どう見ても、「耕している」の図。草も切れてやしない。「いい草生やしてやるぜ〜。」って感じだろうか。…いや、生やしてどうする。
何日経っても上達しない。
見かねて、義母が鎌をくれた。
鎌…。つ、使ったことがない。困る嫁子。
「どうやって使うの、これ?」
に、固まる義母。
「こっちにしよう。」
普通の鎌だと、あんたサクッと足切りそうだから。そう言って「のこぎり鎌」とやらを勧められ、練習。
お?おお?おおおお〜。
刈れる。今度は嫁子にも上手に(?)刈れる。まあ、多少耕してしまうのは素人仕事なので仕方ないとしよう。その分、ちゃんと草は刈れているのだ。
ご機嫌で刈っているうち、見たことのある葉っぱを見つける。なんだっけな、これ?遠いとおーい昔の理科の教科書を頭の中でめくっていく嫁子。
あー、ひまわり。
ひまわりなら、綺麗だし。残しとくか。そう思い、黙々と草刈りをした。
結果、嫁子の小さな畑は、かぼちゃとひまわりの畑になった。
が、如何せん、かぼちゃは種をまいたものではなく、自生したもの。あちらこちらにかたまって生えている。これは、もしや?
「あ〜、嫁子さん、それ、間開けて並べた方がいいなあ。」
義父の登場である。
どこから見ているのか、嫁子が何かやっていると、どこからともなく現われて、アドバイスをしていくのだ。
「間を開けて植える…。つまりは移植か。やはり。」
そう思い、移植ゴテを借りに義母の所へ行きかけた時、義父が一言。
「な〜んも。そんなもんなくても、これでやればいいんだ〜。」
そう言って、裏玄関から取り出したのは、スコップ。
そして、大体等間隔に穴を開けたかと思うと、ガッとかぼちゃの苗を一本、スコップで土ごと掘り出し、そのまま、開けた穴へ。
「こうやってやりゃあ早いんだ。上手く耕したな。ちょっと浅いけど。」
…草を根本近くから刈ってたら、知らず知らずのうちに耕されてたんです、お義父さん。
そんなことより、移植である。なんだかんだで一本移植しただけで仕事に戻ってしまった義父。
そこへお隣さんがやってきて、一言。
「嫁子さん…?もしかしてだけど…移植?」
「はあ。お
「ええと…あの…移植ゴテって知らない?」
そうだよなあ、やっぱりそこは移植ゴテだよなあ。嫁子は大きく頷く。
そこへやって来た義母に訳を話し、その後、一緒にかぼちゃの移植をしたのだった。
さて、暫くすると、嫁子も、「のこぎり鎌」で草刈りをするのが上手になってきた(個人の感想です)。そこで、義母の野菜畑の草刈りの手伝いをすることにした。義母の野菜畑は、「家庭菜園」とは名ばかりの、田んぼ一枚分くらいの土地にぎっしり植えられた野菜と、その後ろにある巨大なハウス、そしてその裏側の畑という、絶対出荷する気だよな?という広大な野菜畑である。
言い忘れたが、ここは北海道の田舎だ。「ど」がつくほどの。隣の家まで1kmあり、農家一軒当たりの作物畑は、東京ドーム何個分とかで数えられてしまう。多分、広さを言われてもわからないだろう。嫁子にも未だによくわかっていない。
とにかく、そういうわけで、家周りの土地も広すぎるほど広い。しかし、余っている土地が広いというのも考えもので、そこの殆どを義母が「家庭菜園」とお花畑にしているのだった。
せっせと義母の畑の草を刈っていると、時々、短い「棒」が地面に刺さっている。「なんだこれ?」嫁子は気にせずどんどん刈っていく。小さい草は、手で抜いていく。
今日も頑張ったなあ。そう思っていると、義母がやってきて、すまなそうな顔で言った。
「あのね、嫁子さん。棒、立ってたでしょ?」
「棒?あ、はあ。」
「あれね、ここからここまでは、種とか苗とか植えてます、っていうしるしなの。」
「え?」
「キャベツがね、全滅しました。」
「あ…。」
「大豆も一部…。」
「うわぁ〜。ごめんなさいー。」
知らぬこととは言え、義母が植えて、芽が出て、成長を楽しみにしていただろう苗を刈り取ってしまったのは申し訳ない。嫁子は謝りまくった。
そんなこんなで、いろいろと失敗を繰り返しながら、義母の畑の草刈りをしていた嫁子を、義母が呼ぶ。
「嫁子さん、かぼちゃ、どうなってる?」
「え?すくすく育ってますけど。」
そう。玄関前の畑では、嫁子のかぼちゃがすくすく育っていた。まあ、義父に習って嫁子自らスコップで移植した苗だけは生き残れなかった。可哀想なことをしてしまった。
「ある程度ね、大きくなってきたら、1番だけ残してね、あとは切るの。」
義母が言っている意味が全くわからない嫁子。
「い…1番?」
「あ、ああ、もう。来て、ほら。」
かぼちゃの前まで連れて行かれ、カボチャのツルを手に取る義母。
「いい?これが1番。」
「はあ。」
なるほど、ツルの話か。いきなり1番言われてもな…。
「これが2番で、こっちが3番ね。わかるでしょ?」
「いや…」
わからない。どこでどう見れば1番2番3番の区別が…。悩む嫁子。
「もう…とにかく、これが1番だから、これ以外は、こう。」
鎌で切り落とす義母。あっ、
「って、こんな感じで、1番だけ残していくの。次のやつ、1番どれかわかる?」
「…これ…かな?」
「ん〜、それは2番だねえ。こっちね。」
そう言いながら、学ぶこと約20分。結局、全部義母が1番ヅルを見つける羽目になった。
「まあ、最初だからね。そのうちわかるようになるよ。」
この時点では、まだ義母は知らない。嫁子がわかるようになるのが数年先になることを。
野菜たちが次々に収穫時期を迎える。
「嫁子さん、要るだけ持ってっていいからね。」
そう言って、嫁子がスーパーで買う野菜の3〜4倍はくれる。フードロスを減らすべく、嫁子がそれらをせっせと使っていると、
「嫁子さん、ハウスのピーマンとナス、食べてね!」
と逆追加注文。
言われるがままにピーマンとナスを収穫していると、義父登場。
「な〜んで、ばば(義母)はこんなに植えるかな。トマトなんか100本あるんだと。」
…。植える前に止めて!嫁子は、心の中で声を大にして言う。
「嫁子さん、この黄色いミニトマト、旨いから。」
そう言い残すと、義父はどこかへ消えた。
「自分で穫っていくんじゃないのかよ!」
仕方なく、トマトも幾らか収穫した。
どんどんどんどん毎日のように畑から届く野菜の使い道に困り果ててきた頃、雨が降らなくなった。大変である。
賢い夫は、こんな時のためにスプリンクラーを2つ購入していた。義母の畑で散々水を撒いて(義母はホースでも直接撒いていた)、その後、嫁子の小さな畑にも貸してくれる。
結構な水の勢いだ。遠くまで飛ぶので、毎回1時間ほど場所を変えることなく放置できた。この辺の土地は畑用なので、異常に水はけが良い。それくらい放置しておかないと、ほんの数センチほど掘ると、もう乾いた土が出てきてしまう。
スプリンクラーが回っている途中、何箇所か、違った音になる。そう、そこには、すくすくと育った背の高いひまわりが。スプリンクラーの水の勢いで、倒れるのではないかと思うほど、水を浴びている。
『ひまわりの受難』。なんだか、国民的アニメの主題歌に、そんなのがあったような気もする。嫁子の記憶違いかもしれない。
一方、義母の畑では、きゅうりやズッキーニが巨大化しつつあり、また、間引かねばならない大根や人参も大量にできていた。勿論100本植えたらしいトマトも、トマト狩りに来てほしいほどの収穫だ。葉物野菜も次々できて、日々、台所に届くようになった。
大量にできた野菜の殆どは、義母によって、義母の友人知人に行き渡り、義母の畑は無償の産直として、皆を喜ばせていたのである。
因みに、種代、苗代は、嫁子の方の家計から数万円分出ていて、それだけあれば、家の者は、一夏、スーパーで野菜が
困ったことが起きたのは、かぼちゃもひまわりもすくすく育っていたある日のことだった。
ふと見ると、ひまわりにかぼちゃのツルが絡んでいるように見えるのだ。
近付いて、嫁子は困惑した。
かぼちゃのツル、ひまわり、登ってる…。
何故高いところに登りたがる?山羊か、お前たちは?
そんなことを思いながら、ひまわりから、かぼちゃのツルを
嫁子は、決心して、最終手段に出た。
ひまわりを切ろう。
こうして、ひまわりは途中から無惨にバラバラにされ、かぼちゃのツルは一本ずつに戻ったのだった。
『ひまわりの受難』。そんな歌が、国民的アニメの主題歌に…
こうして、丁寧に、否、だいぶ雑に育てられたかぼちゃも、ついに実をつけた。嫁子のいない間に義母が受粉してくれていたことなど、知る
嫁子が期待していた3倍以上の収穫があった。何の世話もしないので、全体的に小ぶりではあったが。
初めて自分で作った(かなり義母の手を
残りは家で食べた。義母が欲しいと言うかと思いきや、彼女はちゃんと家から一番離れた畑で、立派なかぼちゃを作っていたのだ。いや、別に、それを少しだけ分けてくれても良かったのだが。
最終的に残ったものは、義父によって、また嫁子の畑にポイッと投げ捨てられ、夫によって、トラクターで土に混ぜ込まれた。
そうやって、毎年のように、嫁子の畑では、かぼちゃが自生してきた。(ひまわりは二度と育てなかった)。
しかし。
ある年を境に、かぼちゃは穫れなくなった。
苗を移植した後、そろそろ追肥かな?と義母に相談しようと思っていた矢先である。かぼちゃの苗の上に、大量の猫砂(猫のトイレ用の砂)のようなものが撒かれていた。
不思議に思い、義母に尋ねる。
「猫の砂?なんでそんなものが?」
「わかんないけど、見てもらえる?」
義母を連れて畑に戻ると、彼女の顔色が変わる。
「猫の砂じゃないよ!肥料だよ、これ!!」
「上から追肥?」
「そんなことしたら苗が全部死んじゃう!誰がこんなことを?」
「わかんない…」
「じじか…。」
その頃、眼が物凄く悪くなっていた義父が、自分の眼で見えるくらいの量をかけたらしかった。
義母が慌てて肥料を払ってみたら、もう既に、葉の一部の色が変わっていた。
果たして、かぼちゃの苗は全滅した。
そこから、どれだけ植えてみても、かぼちゃの苗は育たなくなってしまった。
そして、嫁子の畑は、草しか生えなくなったのだった。
数年後、義父が亡くなってから、嫁子の畑は駐車場になってしまった。
何も穫れない狭い畑よりも、沢山の車が停められるスペース優先だった。野菜は、義母の畑があれば十分だ。
そして、義母が昨年倒れてからは、だだっ広い畑にも、何も植えられなくなってしまった。嫁子には、そんなに余分な野菜も必要なければ、他に仕事があるので、そこまで手間をかけてもいられない。
何より、何もかも義母に手伝ってもらっていたので、一から十まで自力で作れたものなど何一つなかったのだ。
嫁子は、これからも多分大きな野菜畑は作らないだろうと思う。作ったとしても、狭いところで、少しずつの量で…。
そう思う時、今は駐車場になってしまった、嫁子の小さな畑を思い出すのだ。
ちゃんと習っておけばよかったな。
他の野菜も植えてみればよかったな。
そうすれば、もっともっと、あの小さな畑を楽しめたかも知れなかったのに…と。
嫁子の小さな畑 緋雪 @hiyuki0714
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