episode.11 賢者の水
今日はミレアの調子が良い。左目が機能し動ける彼女は、例の如く薪を探しに拠点を出ていた。途中で動けなくなっては困るというレグルスの制止も聞かずに、だ。辺りに目を光らせつつも、らしくなく気も漫ろに彼女を待つレグルス。そんな彼一人のそこへ、招かれざる客が来た。
「魔荒らし、で合ってるよな?」
「……何奴」
悪意が剥き出しの痩身の男だった。その薄汚れた身なりから、どうやら近場の研究所員ではないらしいことが窺い知れる。レグルスは男に誰何するも、彼は薄ら笑いを浮べたまま答えなかった。
「アンタも大概酷ぇよな。勝手に生かしときながら殺すために連れ回してんだから」
「……何のことだ」
「知らねぇとは言わせねぇぜ? 〝亡霊〟は何で動いてると思ってんだよ。世界から魔術がなくなれば、あの子はどうなるのかな?」
視線で射殺せそうなほど男を睨み付けるレグルス。しかし男も幾らか肝が据わっており、それしきのことでは怯まなかった。
「なぁアンタ、〝賢者の水〟って知ってっか?」
ピクリとレグルスが反応する。男は満足そうに笑みを深めた。
「今度最高魔術研究院で発表される、至高の代物だ。これを使やぁ、魂が肉体に定着し、不老不死に一歩近づけるって話らしい」
まるでさも自分の功績であるかの如く、得意げに話を進める男。レグルスは五年前にも、賢者の水という名を魔研所関係者から聞いたことを思い出していた。
「そこで、だ。取引しねぇか?」
男はジャリ、と足を更に前へ進めた。レグルスは密かに鞘に手をあて、抜刀の準備をしておく。
「この水はそんなに量を必要としなくても効果を発揮する。アンタは嬢ちゃんの魂を定着させ、俺はその残りを引き受ける。水の入手までの協同戦線ってやつだ。どうだ、アンタにとっても悪い話じゃないだろ? あれさえあればアンタのあの紛い物のお人形だって完璧な人間に……」
ザシュ
「ミレアは人形などではない」
言い切られる前に剣を抜く。そうして、もう聴こえてはいないだろう男に向けて呟いた。
「ミレアはミレアだ」
──失念していた訳じゃない
「レグルスー! あっちによく燃えそうなのが……」
──考えたくなかっただけだ
──だから頭からその可能性を押しやっていた
「……どしたの?」
「……いや、なんでもない」
──俺はこいつをどうしたいんだ?
* * * * *
ミレアは考えていた。先ほどのレグルスはどこかおかしかった。薪探しから戻ってみれば、既に息絶えた男の体と、思いつめたような表情のレグルス。なんでもないと彼は言っていたが、倒れていた男と何かあったことは一目瞭然だった。何事も無かったかのように拠点を移し、薪に火をくべて以降も、一向に目を合わせようとしない。燃え上がる炎を見つめつつ、膝を抱えてミレアが心配そうにしているとレグルスが徐に語り始めた。
「俺は世界から魔術を滅ぼそうとしている」
ハッとしてミレアが顔を上げる。今更解り切っていた話ではあるが、改めて口にされるととても大それたことのように聴こえるのは何故なのか。
「だがそうすることでお前がどうなるのかわからない」
レグルスは続けて話す。ミレアも黙って彼の真摯な想いを聴く。
「だからもう一度だけ賭けてみたい。最後にもう一度だけ、魔術に頼ってみようと思う」
ミレアは目を見張った。レグルスの口から、よりにもよって魔術に頼るなどという言葉が出るとは思いもしなかったからだ。だが、レグルスの口調からは彼の本気が窺い知れた。
「ローラと違い、お前は俺と長くいすぎた。お前を失くせば、俺は悲しみも憤りも感じることになるだろう」
「誰に、憤りを覚えるの?」
「自分に」
ローラというのは、レグルスの婚約者だった女性の名前だ。かつてレグルス本人からそう聞いたのを、ミレアもなんとなく覚えていた。実の父親に殺される運命の下にあった少女。愛した訳ではない。見知った仲でもない。けれど、ただひたすらに哀れを感じたという、薄倖の少女。自分も、哀れを感じたから拾われたのだろうか。ミレアはそんな風に考えていた。
「魔法ごとお前を消すようなことになれば、俺は自分を赦せないだろう。今度こそ本当に狂気の塊になるやもしれん」
レグルスは、真直ぐにミレアの瞳を見つめて言った。
「俺は、お前を失うのが怖いんだ」
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