episode.10 時間切れ

 母さんお手製の美味しい晩御飯。特に温かいスープをよく覚えている。 朝も昼も会えなくても、この時ばかりは父さんも必ず帰ってきていた。

 日常だった流れが変わるのはいつも突然の出来事で。〝あの時〟も唐突にやってきたのだった。

「クレア……」

 私を腕に、母さんの前で父さんが茫然と呟いた。母さんは死んだのだ。原因不明の難病に罹り、あっという間に逝ってしまった。

 父さんは帰ってこなくなった。朝も昼も晩も。明けても暮れても研究作業に没頭しているようだった。私は父さんの背中ばかり見つめる日々を送るようになった。人伝に、父さんが第三研究室という所の室長になったと聞く。

 室長は偉い人。だからこれは、嬉しいこと。……なのに何故か、私はどうしようもなく悲しかった。

 私も死んだ。研究機関の派閥間闘争に巻き込まれ、敵対勢力の流れ弾が右目に当ったのだ。私は、右目と命を失った。そこで、〝ミレア〟の人生は終わり。その、はずだった。

 ──クレア、もうすぐだよ……

 ──もうすぐミレアが、元に戻るんだ

 ──もうすぐ、もうすぐだ……

 暗闇に、狂喜に歪んだ父さんの顔が浮かび上がる。

 ──嫌だ……こんな父さん、見たくない……!

「っ……!!!」

 大きく息を吸って、ミレアは目を覚ました。落ち着いて息を整えて、自分の現状を確認する。

(そうだ、私確か右目が熱をもって、休んでて……)

「ミレア」

 ふと横を向くと、レグルスが心配そうにこちらを覗き込んでいた。寝ている間ずっと傍についていたのだろうか。

「どうした? 痛むか?」

「……父さんと母さんの夢を見てたの」

 ミレアはふるふると首を振る。レグルスはあからさまに顔を顰めた。

「……両親が恋しいか?」

この問いにも、ミレアは首を横に振った。

「今は、レグルスがいてくれるから。レグルスだけが、今の私の〝家族〟だよ」

「……好きに思え。それで気が済むのなら」

「うん。好きにする」

 刻一刻と時間切れが迫ってきている。レグルスはそう感じていた。

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