episode.9 悲鳴

 ザシャ

 引き摺るような音に、レグルスは後ろを振り返った。ミレアが突然屈み込んだのだ。

「どうした……ミレア?」

「右目が、痛い」

 そう言って、右目を押さえ蹲るミレア。見ると、瞳が真っ赤に染まっていた。普段のミレアの瞳は翡翠の色……。明らかに、異常事態だった。

「見えない、よ」

 痛覚だけでなく、視覚の異常もミレアは訴えてきた。

「見えないよ、レグルス」

 ──擬似魂 が 悲鳴 を 上げて いる

 魔術を消そうと消すまいと。

(やはり定着した訳ではなかったのか)

 ミレアの変調は、最早とどまるところを知らなかった。

「レグルス……?」

(歯止めの利かないところにまで来てしまっている)

 気持ちの持って行き場が見つからず、レグルスはグッと拳を握る。

(封印の……限界だ)

 暫くして、ミレアの右目にかつてレグルスが施した封印の紋が現れた。次第に両目とも見えなくなったミレアを、レグルスは手を引いて連れるようになった。

 食事の際は、誤嚥を起こした。上手く嚥下できないのだ。味どころか、食べ物が〝そこにある〟という感覚さえもなくなってゆくミレア。幼子のように身体を逆さに吊るす訳にもいかず、かなり乱暴だが腹を殴って胃の中身ごと気道から吐き出させた。ゲホゲホと咳き込みながらも、漸く息を整えミレアは言う。

「急に食べ物がどこにあるのかわからなくなっちゃって……」

 発達してきていた五感が、ここへきて急速に衰え始めているのだ。ミレアの躯が、悲鳴を上げている。彼女の衰えは、目に見えて速かった。

「えへへっ……やっぱり私、もう人間じゃないのかな」

 レグルスはミレアの呟きに、否定も肯定もできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る