episode.4 供花

 ドッ!

 ズチャッ!

 ザシャアァァ……

 突いて、引いて、払って収めて。例の如く郊外に設営された研究所にて、いつもの動作を繰り返していた青年レグルス。彼がふと辺りを見回すと、常なら傍にいるはずの少女の姿が見当たらなかった。不審に思い、今倒したのが最後の一人であることを確認しつつ、魔研所の入口へ戻る。そこで、件の少女はしゃがみこんでいた。

「ミレア」

 青年が呼びかけると、少女──ミレアは、ぎこちなくも顔を上げた。レグルスは彼女の側に行くために、入口に設えられた数段の段差をカツカツと靴音を立てつつ降りてゆく。

「……何を、している?」

 見れば、彼女は花を抱えていた。目の前には、盛り上った土。その上に、彼女が抱えているものと同じ、花が添えられていた。

 ──何かの、嫌がらせだろうか。

 花が供えられているのは、青年がつい先刻殺めた者たちの屍のはずだ。少女の意味ありげな行動に、目元を少しだけ動かしてレグルスは問うた。

「……それは、俺への当て付けか?」

「……?」

 ミレアはキョトンとしている。そして、意味がわからないとでも言いたげに首を傾げた。

「俺に対する抗議かと、訊いているんだ。研究員を殺すことに、異議があるのか?」

「……違うよ」

 小さく、だがハッキリとミレアは主張した。このところ舌足らずな喋り方も格段に改善され、自らの意思も明確に表明するようになってきた彼女は、再度念を押すように、違うよ、と言った後、次のように続けてきた。

「違うよ。ただ、死んだ人には、ちゃんとしてあげなきゃ、いけないの。お祈りのしすぎも、その人の、魂、引き止めちゃうから、駄目だけど。でも、私は、こんな風に、して、もらえなかった。お父さんに、『天国へ行くんだよ』って、言って、もらえなかった。だから、死んだのにまだ、こうしてる。天国どころか、地獄も行けない。そんな人、私の他に、創っちゃいけないの」

 聴きながら、レグルスは非常に驚いていた。ミレアの持論にももちろん驚かされたが、何より、彼女の口から出た"父"という存在。

 今のミレアに、肉体としてのミレアの実父の記憶はないはずだ。だが、今の彼女の口ぶりではその位置づけどころか、死後自分がどのように扱われていたかまで正確に把握しているように思われる。ミレアの中では曖昧となっているだろうとレグルスが考えていた、彼女の父の死──つまり、ミレアとレグルスの出会いの記憶も、ハッキリ残っている可能性が高くなってきた。

 これではまるで、生前の記憶まで保有しているように感じさせられるではないか。そうなると、肉体が実父の存在に未練を抱き、無理やり埋め込んでいる〝擬似魂〟が肉体から剥がれてしまう虞がある。そう、推測される最悪の結果は……ミレアの右目に施された、術の崩壊、だ。

「ね?」

「あぁ……そうだな……」

 徐々に近付く綻び。言い知れぬ悪い予感に、自分でも知らぬうちに一抹の不安を覚えていたレグルスは、なんとかそうとだけミレアに返した。

 それから後、荒らされた魔研所には、必ず華が供えられるようになった。

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