十一章:偽典『運命の抵抗者たち』

11-1:病床の少女 上

「しかし……どれくらい時間が経った?」


 自分の質問に、べスターは煙を吐き出しながら「さぁな」と首を振った。旧世界の映像が共有されてから、かなりの時間が経っている――多くの場面は早回しにしていると言っても二年以上の時間を共有されているのだから、少なくとも数日は経過しているように思われる。


「ただ……相変わらず流されてはいるようだし、徐々に徐々に深い所に沈んでいっているような感じはするな」

「いや、それは大丈夫なのか? その、水圧とか……」

「徐々に、と言っただろう。一気に沈まなければ大丈夫だ。まぁ、深海まで落ちたらその限りではないだろうが……そもそも、本当なら死んでいてもおかしくない所を不思議な引力に引き寄せられてるんだからな。そんな心配は今更だ」

「まぁ、それもそうか……しかし、行き先はどこなんだ?」

「それこそ神のみぞ知る、だな。それで……お前さんが知りたかった所が、今から流れるぞ?」


 男は視線をブラウン管の方へと移し、自分もそちらを向く――そこには、トラックの運転席から白い建物を見つめている過去のべスターの視点が映し出されている。スピーカーから「それじゃあ……」という少年の声が聞こえるのに合わせて視点が動くと、トラックの助手席に右京が、運転席と助手席の間にグロリアがそれぞれ座っているのが見えた。


 ◆


「算段としてはこうだ。べスターさんと僕は司法書士に扮して晴子さんと会話をする。べスターさんが事務所の先輩で、僕は新人という体でね。流石に僕だけじゃ若すぎて怪しまれるだろうからさ」

「あぁ、了解だ……しかし、背広でトラックを運転することになるとはな」


 そう言いながら、画面内のべスターはスーツの袖を眺めた。どうやら晴子の見舞に来たらしい――それなら、先ほど映っていた白い建物は病院なのだろう。外は曇り空だが、同時に駐車場からの見晴らしがある程度は確保されていることから、晴子が入院してた病院は都心部ではなく郊外にあったと推察された。


 袖の向こうには、くせ毛の後ろ髪が映し出されており――グロリアは右京の方を向いているようだった。


「右京、私はどうすればいいの?」

「べスターさんの娘っていう体でいこう」

「いや、それこそ怪しまれるんじゃないか? 仕事に娘を連れていくだなんて、聞いたことないぞ?」


 右京の言葉に突っ込みを入れたのは、オリジナルの声だった。それは、車内のスピーカーから聞こえたようだった。


「僕も無理のある設定だとは思っているけれどね……ただ、女性同士の方が話しやすいこともあるかもしれないし、僕とべスターさんだけじゃ威圧的な印象を与えかねないかもしれない。

 何より、グロリア自身が滅茶苦茶やる気なんだから、止めるのも野暮ってもんだろう?」


 確かに、最初に晴子を見舞に行こうといったのはグロリアの提案だった。それなら、多少無茶な設定でも連れて行ってあげたいという気持ちは男衆にもあるのだろうが――何故だか突然、べスターは前のめりになったらしい、ブラウン管に車のハンドルが間近に映し出された。


「オレは十代の娘が居るほど老けて見えるか?」

「はは、その点は問題ないよ。三十代って言えばそう見えるけれど、べスターさんは良い感じにくたびれて見えるからね」

「クソ、右京……後で覚えていろよ」


 べスターは舌打ちしながら姿勢を戻し、再び少年少女二人の方へと視線を向ける。


「私も会社の新人っていう体で着いて行ったらダメなの?」

「いや、流石にそれこそ無茶だろう」

「何よ、私だって化粧すれば、もっと大人に見えるんだから! ……多分」


 グロリアは男二人の真ん中で、一生懸命放しながら跳ねたり縮んだりしている――右京はそれを見ながら困ったような表情を浮かべた後、車内のスピーカーに向けて口を開いた。


「逆にどうだろう、晴子さんを知っているのはアランさんだ。彼女の元にグロリアを連れて行って、悪影響はありそうかな?」

「うぅん、疑問には思うだろうな……晴子は常識があるし、しっかりしているから、娘を連れてくるなんて何事だとは突込みはするだろう。ただ、年下の子は好きだから、差し引き若干怪しいくらいで済むんじゃないだろうかと思う」

「まぁ、若干怪しいと思われるのも何だけれど……一回連れて行ってみても良いんじゃないかい? 今回はいつものミッションみたく、DAPAに監視されているわけでもないし。色々チャレンジングなことをしても問題ないと思うよ」

「はぁ……そうだな。ともかく、お前らに任せるよ。しかし……なんで俺まで連れて来られたんだ?」


 そこで男の視線がモニターの方へと移ると、仮面の男がトラックの改造コンテナ内にいるのが見えた。

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